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水中の怪人
すいちゅうのかいじん
作品ID59565
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎探偵小説全集 第四巻 海洋冒険譚」 作品社
2008(平成20)年1月15日
初出「少年少女譚海」博文館、1939(昭和14)年6月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-08-22 / 2022-07-27
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人間か河童か? 海底を歩く怪物

 いまどき河童がいるなどと云っても、おそらく本当と思う者はないだろう。
 まだ河童というものが一ぱんに信じられ、絵にかかれたり、まことしやかな物語としてつたえられた時代にも、多少の知識をもった人々は、架空のことと笑ってかえりみなかったのである。――それが現代の、しかも帝都のまんなかに出現したのだから、世間の耳目をいかにおどろかしたかは想像のほかであった。
 第一の事件は五月十二日におこった。
 京橋越前堀の河岸に「島屋」という雑貨店がある。午後十時ごろのことで、若い店員が店をしめようとしていると、一人の客が店先に近よってきて、
「ちょっと君、缶詰をくれないか」と云った。
 その日は朝からいい天気であったのに、見るとその男は、護謨びきの雨外套を着て、しかもそれがぐっしょり濡れている。おまけに長くのびた髪の毛が額のうえにたれさがり、そのあいだから、眼だけがぎらぎら光っていた。
 気味の悪い男だなと店員は思った。
「缶詰はなにをさし上げますか」
「果物だ、早くしてくれ」
「果物と云ってもいろいろありますが……」
 そう云うと、客はいきなり両手をあげて妙な身ぶりをした。それは空気をひっ掻くような、またなにか宙にあるものをひき[#挿絵]るような、えたいの知れない身ぶりだったと云う。……そして呼吸でも詰るのかと思えるような、ひどくかすれた苦しい声で、
「なんでもいいから早く。桃でも、林檎でもなんでもいいんだ。早くしてくれ」
 と荒々しく叫び、びっくりした店員が飾棚の方へ行きかけると、
「ああもう駄目だ。間にあわん」と叫んだまま、くるりと背を向けて走りだした。――店員があっけにとられて見送っていると、その男は道を横切って、河岸の荷揚場の方へ走ってゆく。
 ――あっ! 川へ落ちる。
 と思った店員は、我知らず店をとび出していった。……そして驚くべきことを見た。
 その男は荷揚場から川の中へ、ずぶずぶと入っていったのである。まるで水棲動物が水へもぐるように、らくらくと自然に、水のなかへもぐって、そのまま見えなくなった。――見えなくなる刹那、首だけ水のうえに出ていたその男は、ふり返って店員の方へにやっと笑ってみせたそうである。
 ――河童だ!
 と思ってその店員は気絶してしまった。
 この話はたちまち四方へひろまった。或者はてんから笑って信じなかったし、或者はその店員をわざわざ訪ねてくわしい話を聞いたり、また別の者は、なにか天災の起る前兆だなどと云った。
 そして第二の事件が起った。
 それから三日目の夜、ある有名な政治家が書生をつれて月島沖へつりに出た。すばらしい凪ぎの晩で、魚のくいもよく、十二時頃までは、ほとんど入れぐいで面白いように釣れた。ところが、午前一時少しまえになると、今まであんなに釣れていたのがぴたっと止り、こんどはどうやってもだ…

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