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廃灯台の怪鳥
はいとうだいのかいちょう
作品ID59568
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎探偵小説全集 第四巻 海洋冒険譚」 作品社
2008(平成20)年1月15日
「少年少女譚海」 博文館
1938(昭和13)年7月
初出「少年少女譚海」博文館、1938(昭和13)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-08-25 / 2022-07-27
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

見よその頸には怪鳥の爪痕が!

「きゃーッ」
 遠くの方から、幾つかの反響を呼び起しつつ、微かに長く人の叫び声が聞えて来た。
 寝台に横わったまま、枕卓子の上の洋灯の光で雑誌を読んでいた桂子は恟としながら頭を擡げた。――岸を噛む怒濤が悪魔の咆叫ぶように、深夜の空に凄じく轟いているほかは、ひっそりと寝鎮った建物の中に、何の物音もしていない。
「変ねえ、いま慥かに人の声が……」
 呟きかけた時、今度こそ確きりと、それも胸を抉られるような怖ろしい声で、
「きゃーッ」と云う悲鳴が聞えて来た。
 遠い方から曲り曲って来た声だ。慥に塔の上からである。桂子は慄然としながら寝台をとび下りると、父の部屋へ馳せつけて力任せに扉を叩いた。
「お父さま、大変よ、お父さま」
「……どうしたんだ」
「起きて頂戴、早くッ」
 寝衣の上へ寛衣を引掛けながら、宗方博士を先に、助手の新田進も洋灯を持ってとび出して来た。
「何だ、どうしたんだ」
「いま、上の方できゃあッて云う声がしたの、二度もしたのよ。何か変った事があったに違いないわ、見に行ってよ」
「そうか、兎に角行ってみよう」
 即座に、洋灯を持った新田を先頭に、博士と桂子の三人は階段の方へ馳せつけた。
 此処は千葉県の外房海岸。俗に「不帰浜」という岩石峭立する荒磯から、二百ヤードほど距れた小島にある廃灯台であった。――高さ百五十呎の塔と二棟の附属建物は、既に使用されなくなってから二十年。殆ど廃墟も同様になっていたのを、一週間ほど前から宗方博士一行が借受けているのだ。
 宗方博士は海水中の微生物研究では日本有数の権威者で今度この近海に発生した夜光虫の研究をするため、三人の助手と令嬢を伴れて移って来たのであった。――今宵は丁度八日め、助手の一人吉井禎吉を不寝観測番に残して、みんな寝についてから三時間、午前一時少し過ぎた時にこの事件が起ったのである。
 三人は殆ど息もつかずに螺旋階段を馳登った。頂上は旧の発光室を改造した夜行虫観測所で、幾種類もの観測鏡や特殊の分光器などが備付けてある。――登って来た三人は、薄暗い洋灯の光の下に、血まみれになって倒れている吉井助手の姿をみつけて、
「あっ!」と其処へ立竦んだ。
 しかし新田進は直ぐに走寄り、呻いている吉井を抱起して傷口を検べた。白い上衣の胸まで、絞るほどの血だ。傷は頸の両側にあり、奇怪な事には、それが三つ宛、まるで長い爪を突立てたような形になっていた。――出血はひどいが生命に別状はなさ相だ。新田は寛衣の裾を引裂いて手早く繃帯をしながら、
「吉井、おい、確りしろ」
「…………」
「僕だ、先生もいらしってるぞ、吉井ッ」
 耳許で叫ぶと、吉井はふっと眼を明けたが、とたんに右手をあげて壁の一部を指しながら、
「あ、あれ、あの鳥が……」
 と怖ろしそうに、もつれる舌で云いかけたまま再びぐたりと気絶して了った…

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