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流血船西へ行く
りゅうけつせんにしへいく
作品ID59569
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎探偵小説全集 第四巻 海洋冒険譚」 作品社
2008(平成20)年1月15日
初出「少年少女譚海」博文館、1938(昭和13)年3月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-08-27 / 2022-07-27
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人影なき血塗れ船

「船長、至急無電報が入りました」
 太平洋沿海の救護船、太平丸の船長室へ、元気に無電係の伊藤次郎青年が入って来た。
「この凪に難波船でも有るまい、何だ」
「流血船の報告です」
「え? ――又か[#挿絵]」
 太平洋の鮫と異名を取った樫原太市船長の顔が、急にぴんと引緊まった。――伊藤青年は報告紙を見ながら、
「発信はアメリカの豪華船P・F号です、簡単に読みます。……本船は三月二日午前七時十分、東経百五十度、北緯二十度三分の海上に於て、三本帆檣の一漂流船あるを発見せり、依って直ちに船員を派して検分せしに、船内には全く人影無く、船室、甲板、歩廊等、悉く鮮血にまみれ居れり、恐らく大殺人惨劇の行われたるものと思わる。救助すべきもの無きに依り、本船は是を放置せしまま母港に向け進航せり」
「又か、――又か、くそっ!」
 樫原船長は卓子を叩いて立上った。
 この奇怪な「流血船」の話は、もう半年も前から伝わっていた。――太平洋のまん中に亡霊の如く漂っている三本帆檣の船、その中には全く人の姿無く、然も船内は到るところ生々しい鮮血にまみれていると……無気味な、血腥い話なのである。
 職務上の必要ばかりでなく、冒険好きな樫原船長はずっとこの奇妙な報知に注意していたが、季節風と海流とに関係なく、「流血船」は或る一定の線を西へ西へと流れている事が分った。太平丸が最初に報告を受けた時には、その船は加奈陀の北西二百浬の海上にあったが、それから半年のあいだに二千浬以上も西へ来ているのだ。
「こんな馬鹿な話があるか」
 船長が屹と眉をあげて云った。
「誰も乗っていない船が、半年間少しも針路を変えずに二千浬以上も同じ方向へ漂流するなんて、そんな馬鹿げた事があるか、――そのうえ鮮血だ、兇悪な殺人だ、惨劇だ、まるで百年も昔の海洋小説のような事を云う、近頃の船乗はみんな頭がどうかしたに違いない」
「でなければ船長が臆病になられたのでしょう」
「な、なんだと[#挿絵]」
「失礼――」
 若い伊藤青年は、にこにこ笑いながら一歩退いて云った。
「僕は斯う云いたかったんです、流血船の話は半年も前から聞いています。そして船長は太平洋の鮫と異名のある人です。――どうして噂の実否を確めに行かないのですかと」
「馬鹿な事を、我々には沿海救護という大事な任務がある」
「P・F号の無電に依ると、流血船の位置は領海へ迫ること三百浬ですよ船長、そこに何か惨劇があったとすれば、救護に行くのは我々の任務ではないでしょうか」
「ふうむ、――領海から三百浬か、……」
 船長は眤と伊藤の眼を覓めた。伊藤青年は力に溢れた微笑を見せている。――如何にもさあ行きましょうと云いたそうだ。
「貴様に計られたな」
 船長はやがて呶鳴るように云った。
「宜し、臆病者と云われては俺の名が廃る。出掛けよう」
「しめたッ」
「直ぐ無電…

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