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痛みの効用
いたみのこうよう
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第一巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年6月20日
入力者砂場清隆
校正者きゅうり
公開 / 更新2020-12-05 / 2020-11-27
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 日本には昔から揉み療治というものがあって、Nの揉み療治などが特に有名である。骨折などの場合にも無闇と揉んで治してしまうという話であるが、現代の医学からみたら随分無茶な話であろう。それでもかなり多くの場合治るというのだから不思議である。友人が昔見たところでは、患者が痛がるのを無理に揉むので、ひどい時には大人が何人とか、かかって押えつけておいてごしごし揉むのだという話である。大の男がおいおい泣きながら揉まれているというのだから随分痛いのであろう。
 そんなことをして治るわけが無いのに、実際には相当の数が治るとすると、これは痛みの効能によるのかもしれない。疼痛のために内分泌に何か特殊の複雑な治療素とでも云えるものが極微量に出来て、それが効くというふうなことも考えられないことは無い。少なくとも現代の生理化学はそれを否定する程度までは進歩していないだろう。犬を痛めつけて置いて、その脾臓か何かの内分泌液を採って試験するというほど生理化学が進歩する日が来たら、いろいろ面白いことが発見されるだろうという気もする。しかし犬には随分気の毒な話で、自分でそんな実験をする気にはなれない。
 普通に考えて治りそうもない方法でもし治るとしたら、それはいわゆる例外点である。物理の研究などで、多数の測定値が綺麗な曲線の上に載る場合、ある点がとんでもないところに行くと、それは例外点として非常に重要な点となるのである。もっとも何かの間違いでないかということは充分吟味する必要があるが、いよいよ間違いでないとなったら、それは新しい次の研究の手がかりとして重要な意味があるのである。だから揉み療治などと云ってそう無闇と軽蔑すべきものではないだろう。もっとも例外点はあくまで例外点なのだから、盲信することは勿論危険なことはいうまでもない。
(昭和十三年一月)



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