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郭公のおとずれ
かっこうのおとずれ
作品ID59578
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第一巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年6月20日
初出「婦人公論」1940(昭和15)年6月
入力者砂場清隆
校正者室瀬皆実
公開 / 更新2020-04-11 / 2020-03-28
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 六月に入ってしばらくすると、郭公が鳴く。
 そして郭公とつれて、待ちかねた北海道の初夏が訪れて来る。
 長い寒い北国の春につかれた人々は、爽かな初夏の風が、ようやくに出揃った楡の青葉をぬけて来る日が二、三日つづくと、やっと安心する。そして九月までの短い夏にいろいろの希望をかけるのである。
 夏に北海道を訪れた人は、誰も北海道の美しさを讃美する。
 それには緑の鮮かさとか、気温の涼しさとかいうものもあろうが、それよりも旅人にこの土地の風土の清新さを印象づける一番の要素は、湿度の問題ではなかろうかと思われる。
 北海道には梅雨がないと昔から言われている。この近年は少し気候の調子が狂って、梅雨らしい日が一週間ばかりつづくこともある。しかし、それでもまだまだ日本の大部分の土地に蔽いかぶさるあの陰欝な、人にも物にも皆黴が生えるような梅雨とは程遠いものである。この梅雨のないことが、北海道の初夏の清々しさを独特のものとしているのである。
 木や草は緑に輝き、空は高く澄んで、内地の秋のような色をしている。そこへ夏の陽が強い日射しを送ってくれ、肌がさらさらと着物の感触を受けるという気候的条件は、梅雨を逃れて北海道を訪れる人々に、あまり意識はされないかもしれないが、深い印象を与えているはずである。
 私のつとめている大学の構内にも、郭公が鳴く。そしてそのおとずれがあってしばらくすると、東京の特に女学生たちの修学旅行の白いパラソルの列が、毎日のように芝生の間に点綴するのが見られる。
 そういう一行は、大抵は大学の職員や道庁の人たちの夫人を卒業生の中にもっているらしい。そして、そういう夫人たちが二、三人か、時とすると四、五人も、列の先頭に立って歩いているのが見られることがある。
 東京などから札幌へ移り住んでいる人たちには、何と言っても、こういうお客様が来ることは嬉しいのであろう。時とすると、夫人ばかりでなく、その御主人の方たちまで案内に加わっていることがある。
 いつかこんな面白い話があった。
 東京の或る女学校の修学旅行がやって来たので、前から頼まれていたとかで、私の知り合いの人が、夫人と一緒に大学だの植物園だのを案内したことがあった。その時にはほかにまだ夫人連に狩り出された御主人が二、三人あったそうである。
 植物園の広い芝生は、東京などとちがって、何処でも自由に歩き廻って良いことになっている。楡の大きい樹が、葉蔭が暗くなるばかり繁って、ところどころに芝生の上に影をおとしている。その絨毯のように手入れの行き届いた芝生の上を娘さんたちは跳ね廻って、とても喜んでいたそうである。そして芝生の上で大学の畜産教室で作った本当のアイスクリームを御馳走になって、いよいよお別れという時に、挨拶があった。そしたら娘さんの一人が立って、お礼の言葉をのべた。その最後に、今度はいろいろの土地を見せ…

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