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荒野の冬
こうやのふゆ
作品ID59583
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第一巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年6月20日
初出「短歌研究」1940(昭和15)年11月
入力者砂場清隆
校正者室瀬皆実
公開 / 更新2021-07-26 / 2021-06-28
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 北海道の奥地深く、荒野の冬の姿といえば、『カインの末裔』の描写を思い出す人が多いであろう。
 鉛色の空が低くたれこめた下には、木も家も、吹きつけられた雪にただあだ白い凄気を帯びて静まりかえっている。そして一度吹雪が来ると、天地が白夜の晦冥とでもいうように、ただ一色に鼠色になる。そして人々は白堊の泥河の水底に沈んだように、深い雪の下で僅かに蠢きながら、辛うじての生活を保って行くのである。
 二十五年前に、有島氏によって描かれた、こういう荒野の冬は、まだ北海道の奥地では今日も見られるのである。北海道の冬といえば、ストーブをかこんでの団欒とか、銀嶺とスキーの話とかが語られることが多い。そして私なども、札幌の生活だけをしていたならば、開拓移民たちの経験する北海道の冬というものを、最後まで知らず仕舞いにすんでしまったことであろう。
 幸い、と言えるかどうかはわからないが、私の研究はこの十年ばかり、雪とか土地の凍結とかいう方面に傾いて来たので、仕事の都合上、よく原野の冬を訪れることがあった。そして『カインの末裔』の人々の生活を実際に見る機会にあって、いろいろと感慨をいだくこともあった。
 北海道の開拓民たちが、遙々と内地の村から移り入るいわゆる原野のことを語ろうとするならば、まず北海道の広さについての正確な概念をつくる必要がある。
 それには一つ面白い話がある。前の冬、私は凍上の調査のために、二月の末から三月にかけて、八カ所ばかり奥地の支線の凍った土を掘って廻ったことがある。土地が凍ると、鉄道の線路でも家でも盛んに持ち上げられて困るので、その現象を凍上と称して、寒い学問の方では、一つの課題になっているのである。
 廻ったところは、帯広とか、野付牛とか、名寄とかいう街に近いところである。これらの街は、内地の方にもよく名が知られているので、札幌から程遠くないところのように思われているらしい。私の凍上の話をきいた友人の一人が、「札幌にいると、そういう研究には地の利を得ているね」と言ってくれた。それはそのとおりで、札幌にいなくては、一寸こういう研究は出来ない。しかしこれらの場所は皆、札幌から汽車で十時間とか八時間とか、かかるところである。それで日曜ごとに、こういう所まで凍った土を掘りに行くのは、丁度東京にいて、或る日曜には盛岡、次の日曜には新潟、その次には京都というふうに調べ廻るようなものだと話をした。そしたら友人が大変驚いて、北海道というところが、そんなに広いところとは知らなかったと言っていた。「日本の地図では、いつも北海道を切り離して、尺度を小さくして別に描いてあるので、いつの間にか皆に北海道を小さく思わせているのでしょう」と話したら、なる程そうかもしれないと、友人も同意した。
 こういう北海道では、従って村という概念がまるでちがっているのである。一つの村というのに、詳し…

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