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字の書き方
じのかきかた
作品ID59589
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第一巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年6月20日
入力者砂場清隆
校正者きゅうり
公開 / 更新2021-02-15 / 2021-01-27
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 山崎光子夫人が新書道を提唱されて、漢字廃止の問題の前に、誰にでも三月習えば相当な字が書けるようになるという書道を主張しておられるのは一寸卓見である。それは渡欧の船の中で思い付いたので、印度洋の航海の間に漢字の方は出来上がったそうである。すべての漢字を正方形の枠の中に入れ、横線は全部水平、縦線は全部垂直、斜線は四十五度の方向に引くという書道なのである。そして字体は王羲之に倣ったという話であったが、なかなか立派な字が出来ているので感心した。
 平仮名の方はそうは行かぬので大分苦心された由であるが、結局全部を円の中に入れることにしたら巧く行ったそうである。一番苦心し、また時間もかかったのは「の」の字であって、これが出来たら後の仮名は全部すらすらと出来てしまったという話も面白かった。こういう書道はいわゆる書の大家に云わすと邪道なのかもしれないが、私達にはなかなか立派に見える。私達ばかりでなく、家にもらってある掛軸を小宮さんとか津田青楓さんとかいう方々が見られて、なかなか佳い字だと云っておられるのだから相当なものなのであろう。
 ところがこの頃久しぶりで字を書いてみると、この方法が大変有効なことがよくわかった。それでこの上は線の美しさを出しさえすれば良いのだと思って、その問題を一寸考えてみた。結局それには筆を常に一定速度で動かすというのが一番卑近な便法のように思われた。子供の時に字を教わった時、力を入れろということをやかましく云われたが、子供心には何の事かわからなかった。しかし筆を紙に押しつけることでないことだけはわかった。どうもあれは字の線の何処にも気を抜いた個所がないようにという意味もあるらしい。それならば技術的に現代語に翻訳すれば、第一近似としてはどの線の部分も常に一定速度で筆を運べということになるであろう。
(昭和十一年十二月)



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