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弓と鉄砲
ゆみとてっぽう |
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作品ID | 59602 |
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著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「中谷宇吉郎随筆選集第一巻」 朝日新聞社 1966(昭和41)年6月20日 |
初出 | 「東京朝日」1937(昭和12)年11月 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | きゅうり |
公開 / 更新 | 2021-05-15 / 2021-04-27 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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弓と鉄砲との戦争では鉄砲が勝つだろう。ところで現代の火器を丁度鉄砲に対する弓くらいの価値に貶してしまうような次の時代の兵器が想像出来るだろうか。
火薬は化合し易い数種の薬品の混合で、その勢力は分子の結合の際出て来るものである。その進歩が行き詰って爆薬の出現となったのであるが、爆薬の方は不安定な化合物の爆発的分解によるもので、勢力の源を分子内に求めている。もちろん爆薬の方が火薬よりもずっと猛威を逞うする。この順序で行けば、次にこれらと比較にならぬくらいの恐ろしい勢力の源は原子内に求めることになるであろう。
原子の蔵する勢力は殆んど全部原子核の中にあって、最近の物理学は原子核崩壊の研究にその主流が向いている。原子核内の勢力が兵器に利用される日が来ない方が人類のためには望ましいのであるが、もし或る一国でそれが実現されたら、それこそ弓と鉄砲どころの騒ぎではなくなるだろう。
そういう意味で、現代物理学の最尖端を行く原子論方面の研究は、国防に関連ある研究所でも一応の関心を持っていて良いであろう。しかしこの研究には捨て金が大分要ることは知っておく必要がある。ケンブリッジのキャベンディシュ研究所だけでも六十人ばかりの一流の物理学者が、過去十年間精神力と経済力とを捨て石として注ぎ込んで、ようやく曙光を得たのであるということくらいは覚悟しておく必要がある。
(昭和十二年十一月)