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モンテーニュ随想録
モンテーニュずいそうろく
副題06 随想録 第二巻
06 ずいそうろく だいにかん
著者モンテーニュ ミシェル・エケム・ド
翻訳者関根 秀雄
文字遣い新字新仮名
底本 「モンテーニュ随想録」 国書刊行会
2014(平成26)年2月28日
入力者戸部松実
校正者大久保ゆう、Juki、雪森、富田晶子
公開 / 更新2019-09-13 / 2019-09-02
長さの目安約 1112 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

第一章 我々の行為の定めなさについて


 この章は第一巻第一章と、初版『随想録』においてはその最終章である第二巻第三十七章との、両極を結んでいるように見える。三章ともいずれも人間が変化してやまないことを述べている。

 (a)一人の人間の伝記をかこうとしている人たち*が、何よりも当惑を感じさせられるのは、その人のいろいろな行為を洩れなく書きつらねながら、しかもそれらの間に連絡をつけて、その全体をいかにも一人の人の一生らしく示さねばならないときである。まったく人間の行為の一つ一つはいつも不思議に矛盾していて、とても同じお店から出た物とは考えられないのである。若いマリウスは、或る時はマルス〔軍の神〕の息子となり、或る時はウェヌス〔愛と美の女神〕の息子となった。法王ボニファキウス八世は、狐のようにその職につき、獅子のようにこれを行い、ついに犬のように死んだという。また誰が信じようか。あの残酷の標本ともいうべきネロまでが、或る日、例のように家来から、一人の罪人の死刑の宣告に署名をしてくれと言われると、「おお字などを学ばなければよかった!」と嘆息したとは。それほどまでに、人ただ一人を死刑に処することが、彼の心を悲しませたとは。だがこういう実例は、いたるところに充ちみちている。いやそれどころか、人は誰でもそういう例を、いくらでもかき集めることができるくらいなのであるから、わたしは時々分別ある人たちまでが、この種の断片を取り合せて、それらを一つに継合せようと無理をしておられるのを見ると、何だかおかしな気がする。だって心の定まらないことこそ、我々の天性の最も普通でまた顕著な欠陥なのであるから。その証拠には、狂言作者プブリウスの次の句は誰一人知らぬものはあるまい。

変更しえざる意見は悪しき意見なり。
(プブリウス・スュルス)

* モラリスト、人物評論家、史論家などを含めて言っている。
 (b)一人の人間をその人の一生の最も普通な言行によって判断するのには、多少理由がある。けれども我々の気分や思想は本来不安定なものであるから、わたしはしばしばこう思った。いくらえらい著者だって我々を常にかわりのない不動なものに作り上げようとがんばるのは間違いであると。彼らは或る一般的な様子をとりあげ、この姿を基にして一人の人間のすべての行為を分類し解釈してゆく。そして十分にそれらのつじつまを合わせることができないと、それをその人の隠しだて猫かぶりのせいにしてしまう。アウグストゥスは彼らの手におえなかった。まったくこの人においては、その一生を通じてきわめて多様な行為が甚だ顕著に・唐突に・また不断に・交替したので、最も大胆な批評家の独断をも免れ、そっくりそのまま、未決定のままに残されたのであった。わたしには、人間の恒常性を信じることが何よりもむつかしく、かえってその不常性の方が容易に信じられる…

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