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集金掛
しゅうきんがかり
作品ID59615
著者ルヴェル モーリス
翻訳者田中 早苗
文字遣い新字新仮名
底本 「夜鳥」 創元推理文庫、東京創元社
2003(平成15)年2月14日
初出「夜鳥」春陽堂、1928(昭和3)年6月23日
入力者ノワール
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2024-09-23 / 2024-09-19
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ラヴノオは、同じ銀行に十年間も集金掛を勤めていて、模範行員と呼ばれた男であった。塵ほどの失策もなければ、只の一度だって間違った帳記けを発見されたこともなかった。
 係累のない独り者で、やたらに友達をつくりもしなければ、カッフェなんかに出入りするという噂も聞かぬ。それに色恋の沙汰もなく、只もう満足してその分を守っているようであった。
「そんなに大金を扱っていると、さぞ誘惑を感じるでしょうね」
 人がそんなことを訊くと、
「なアに、自分の所有でないから金だと思いやしません」
 と彼は落ちついて答えるのであった。
 近隣の人達も彼は確かな男だというので、何かの時には意見を求めたり、口をきいてもらったりするくらいだった。
 ところが、彼は或る集金日に出て行ったまま、夜になっても帰って来ない。誰もこの男に不正があろうとは思わないが、ひょっとすると、悪漢の手にかかったのではないかと心配しだした。警察の方で、その日彼が立ち廻った先を調べてみると、一々几帳面に手形を出してはその金額を受取り、最後にモンルージュ門附近の取引銀行へ廻ったのが晩の七時頃で、そのときは、二十万フラン以上の金が財布に入っていたということがわかった。
 さて、それから何うなったか行き方が知れない。城壁附近の空地や、その辺に散在している小舎、物置などを隈なく捜したけれど無効であった。なお念のために、各地方や国境の各駅へも電報を打った。
 が、銀行の重役だの警察側の見当では、賊が金を奪った上に彼を殺害して、屍体を大河へ投げ棄てたものと見た。若干の確かな手がかりもあった。それによれば、常習的強盗団が前々から企らんでやった仕事ということは、殆んど疑う余地がなかった。
 この事件は、翌くる日になって、巴里の各新聞を賑わした。ところが、その記事を読んで『どんなもんだい』と肩を聳やかしたのは、当のラヴノオであった。
 敏捷な警察の探偵犬もついに探しあぐんだとき、彼れラヴノオは、外ブールヴァルからセーヌ河の河岸っぷちへ出て、とある橋の下へ忍びこんだ。そして夜前からそこへ隠しておいた通常服に着かえて、二十万フランの金を衣嚢にしのばせ、脱ぎすてた制服はグルグル巻きにして、大きな石を結びつけて大河へ投りこんだ。それから無難に市内へ舞いもどって来て、その晩は或る旅館に泊ってぐっすり寝こんだ。
 かくて彼は、たった数時間で立派な賊になってしまったのだ。
 その勢いに乗じて国境から高飛びでもしそうなものだが、彼はなかなか怜悧な男だから、二、三百キロメートルぐらい突駛ったところで、どうせ憲兵に捕まるということをよく知っていた。妄想で当てずっぽうな楽観などはしない。どのみち逮げられることは判りきっていたからである。
 そればかりでなく、彼は一つの奇抜な計画をもっていたのだ。
 夜が明けると、彼はかの二十万フランの紙幣をば大きな紙袋に…

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