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情状酌量
じょうじょうしゃくりょう
作品ID59616
著者ルヴェル モーリス
翻訳者田中 早苗
文字遣い新字新仮名
底本 「夜鳥」 創元推理文庫、東京創元社
2003(平成15)年2月14日
初出「新青年」1923(大正12)年8月号
入力者ノワール
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2022-01-12 / 2021-12-27
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 フランソアズは倅が捕縛されたということを新聞で読んでぎょっとした。
 けれど、初めのうちはとても真実と思えなかった。それはあまりに途方もない出来事であったから。
 可愛い倅はごく内気な律儀者で、こないだの復活祭の休暇には、彼女の許へ帰省していた。そして隊へ帰って行ってからまだ一月と経たぬのに、その者が賊を働いた上に殺人罪を犯したということがどうして信じられよう。
 倅が兵隊服を着て、あのまん丸な若々しい顔に人懐っこい微笑をうかべながら佇っている姿が、今もまざまざと見えるようだ。そして別れ際に、彼が、皺くちゃの頬ぺたに接吻をしてくれたっけ――そんなことを思いだすと、彼女は平和な、幸福な記憶で胸が一杯になるのだ。
「きっと何かの間違だわ。人違いなんだよ」
 彼女は肩をすぼめて独りごとをいった。
 だが、新聞では『兵卒の犯罪』という大標題の下に仰々しく書き立てている。それは兵営内に起った怪事件で、しかもその犯人として、倅の名が判然と掲げられているではないか。
 彼女は当惑して椅子にうずくまった。眼鏡を額にはねあげて、両手をかたく握り、唇をふるわせて独りごとをいいながら、老ぼれた飼犬が、寂然と暖かい台所の開け放した戸口に寝そべっている姿をば、きょとんとした眼つきで見るともなしに見ていたが、やがてその視線を懸け時計の方へうつした。時計はチクタクと緩たり重々しい音で時を刻んでいた。
 そのとき誰か木戸を入って来る気配に、彼女はびっくりして、
「誰方」
 と声をかけた。
 近所の女がやって来たのであった。
 フランソアズは、自分の心配事に感づかれては大変だとおもって、すぐにこんなことをいった。
「わたし、好い気持で居眠りをしていたのよ。ほんとうに暖かくなりましたねえ」
 そして、いつもの無口にも似合わず立てつづけに饒舌をした。問いをかけられるのが恐ろしいものだから、成るだけ相手に口を開かせないようにするのだ。そのくせ、この女は倅の事件を知っていはしないか、ということが絶えず気がかりだった。
 そのうちに話題も種切れになったので、仕様事なしに黙りこんでしまった。すると近所の女は変な顔をして、
「息子さんから暫く音信がないんでしょう」
「ちょいちょい手紙をくれますよ……今朝もね、お前さん……」
 と答えたものの、どんな手紙が来たということは云わなんだ。が、彼女はふと考えた。どうかして倅の潔白を確かめたい。慰めてほしい。新聞が間違っているんだ。倅がこんなことを仕出来す筈がない――という自分の考えに合槌がうってもらいたい――そうした欲求がむらむらっと起って来た。
 で、彼女は新聞をひろげて、
「お前さん此紙を読んで?……奇態なこともあるもんですね」
 左りげなくいったつもりだが、声が咽喉にからみついて、眼には涙が一杯こみ上げて来た。
「わたしも随分鈍馬ね。初めてこれを読んだとき…

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