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見開いた眼
みひらいため
作品ID59622
著者ルヴェル モーリス
翻訳者田中 早苗
文字遣い新字新仮名
底本 「夜鳥」 創元推理文庫、東京創元社
2003(平成15)年2月14日
初出「夜鳥」春陽堂、1928(昭和3)年6月23日
入力者ノワール
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2024-04-15 / 2024-04-06
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 寝床に仰向きになっていたその死人は、実に物凄い形相だった。
 体はもう硬直していたが、頭髪は逆立ち、口を歪め、唇は上反って、両手で喉を掻きむしる恰好をしていた。そして小さなランプが一つ点っている薄暗い室の中に、なお生けるがごとくかっと見開いた両眼には、最後に何か恐ろしいものを目撃した恐怖の跡が、まざまざと残っていた。
 その傍で、警部や警察医や刑事達に取囲まれた一人の下男が、不気味な屍体を見まいとして、自分の顔へ手を翳しながら、話をつづけた。
「十一時頃だったと思います。旦那様はもうお臥みでしたが、私は自分の部屋へ退ろうとしていると、叫び声がしました。ハイ、たしかに叫び声です。私はいきなり階段を駆け登って、旦那様のこのお室の戸を叩きましたが、御返事がないものですから、室内へ入って御様子を見ると、思わず後退りをして大声で助けを呼びました。ところが、そのとき、ランプのあたりに二個の人影がちらついたのを認めました。で、私は飛ぶように階段を降りて、庭を突切って、お届けに行ったんですが、その間に誰も此室から逃げ出せる筈がありません。何故って、私は戸口を二重鍵で締めておきましたし、どの窓も厳重な格子付になっておりますので」
「うむ、お前の考えで怪しいと思う者がないかね。その人影っていうのは、判然と見たんじゃないのか」
 下男は漠然たる身振りをやって、少しもじもじしながら、言葉をつづけた。
「実は、こうなんです――二年前から小間使が一人住込んでおりまして、つまりお妾ですが、旦那様は六十四で、その女はまだ若いものですから、とうとうお気に入りになって、鍵を預るといったようなわけで、いずれ遺産を相続するだろうなんて噂もありました。それだのに、その女は夜分に男を引入れたりなんかしまして……私達もこれまでは秘密にしておきましたが、どうも警察の方がお出になった上は、何もかも申し上げないわけに行きません……それで先刻私が見た人影というのも、実はその男女だったのでございます」
「それは重大なことだぞ。間違いがあるまいな」
「わかっております」
 下男はきっぱりと答えた。
「よしっ、その小間使をつれて来い」
 小間使は寝乱れ姿の髪も整えずに、ふるえる手先で下着の襟をかき合せながら入って来たが、
「わたしは何も存じません」
 と問われぬ前から、はや涙ぐんで弁解した。
「ドクトル、屍体を検案して下さい、成るだけ動かさんようにしてね」
 警部は警察医にそういってから、女の方へふり向いて、
「お前を呼びにやったとき、お前は何処にいたのだ」
「わたしの部屋におりました」
「お前だけか」
「あら……」
 それは全く自然に出た調子であった。
 寸時皆が黙りこんだ。と、女は俄かに歯の根も合わぬほどがたがたふるえだした。
「何故怖がるんだ。何がそんなに怖いのか」
 彼女は頤で屍体の方を指して、
「あれ、あ…

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