えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

楽天Kobo表紙検索

闇と寂寞
やみとじゃくまく
作品ID59624
著者ルヴェル モーリス
翻訳者田中 早苗
文字遣い新字新仮名
底本 「夜鳥」 創元推理文庫、東京創元社
2003(平成15)年2月14日
初出「新青年」1927(昭和2)年6月号
入力者ノワール
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2024-08-29 / 2024-08-27
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

広告

えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応の無料縦書きリーダーです ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

広告

本文より

 彼等は三人とも老ぼれ、衰えて、見るも惨めな有様であった。
 女は二本の撞木杖にすがって、やっとのことで歩いていた。一人の男は、両手を前へ突きだして、指をひろげて、眼は堅くつぶっていた。盲目なのだ。もう一人の男は、頑固な相好で顔をうつむけ、身内の方々に苦しいところでもあるらしく、不安な眼つきをして、いつも黙りこんで二人のあとにとぼとぼとくっついていた。これは唖なのだ。
 噂によれば、撞木杖の女は姉で、盲と唖はその弟で、大変に仲のいい姉弟だそうな。この姉弟は何処へ行くのにも必ず三人一緒だった。
 彼等は同じ乞食でも、白昼に教会堂の入口に出しゃばって、否応なしに参詣人の施しを狙うような汚い乞食の仲間には入らなかった。彼等は強請るのではなくて、単に哀願するだけであった。彼等はいつも薄ぐらい路地などを歩いていた。不思議な三幅対――もっと適切にいえば、老衰と、闇と、寂寞。
 ところがこの姉は、或る晩、町はずれの見附門のそばの荒ら屋の中で、二人の弟の手に抱かれながら、声も立てないで静かに呼吸を引きとった。そのとき、唖は姉が断末魔の苦しそうな眼つきを見た。盲は握っていた手首にはげしい痙攣を感じた。それだけであった。彼女は無言のまま永久の沈黙に入ってしまったのである。
 その翌くる日、町の人々は珍らしく、この乞食が男の兄弟二人っきりで歩いているのを見た。
 二人は終日方々をさまよい歩いた。麺麭屋の前で立ちどまりもせなんだけれど、麺麭屋では例日のように少しの麺麭を恵んでくれた。日が暮れて、暗い街々に燈りがつき、閉まった鎧戸の蔭では、どの家もランプの灯でぱっと陽気になる時分、二人は貰いあつめた銅貨で貧弱な蝋燭を二本買い求めて寂しい小舎へ帰って行った。そこには粗末な寝床の上に、姉の遺骸が、枕頭にお祷りをする者もなく寂然と横たわっていたのである。
 兄弟は死人に接吻をした。間もなく、世話をする人々がやって来て、遺骸を棺へ納れてくれたが、棺桶の蓋をしめて、それをば木でこしらえた二つの台の上に載せてから、皆んな帰って行った。後は兄弟が二人ぽっちになると、一枚の皿に黄楊の小枝を供え、買って来た蝋燭をともして、最後のあわただしい通夜をするために、棺の前へ坐った。
 屋外では、北風が建てつけのわるい戸の隙間へ吹きつけ、内では、二本の蝋燭の短くふるえる灯影が、黄色い二つの汚点のようにぽっかりと闇をつらぬいていた。
 夜は森閑と更けてゆく。
 兄弟は長いことじっと坐って、お祷りをしたり、いろいろな思い出をたどったり、恍惚と考えこんだりしていた。
 泣くだけ泣いてしまうと、二人とも、うつらうつらと居眠りをはじめた。
 眼がさめても、依然として夜であった。二本の蝋燭の燈りは、まだちろちろしていたが、燃えて可成り短くなっていた。黎明に近いので、ぞくぞく寒気がした。と、その瞬間、二人はふるえあがってさっ…

えあ草紙で読む
find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2024 Sato Kazuhiko