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自選 荷風百句
じせんかふうひゃっく
著者永井 荷風
文字遣い新字旧仮名
底本 「麻布襍記 ――附・自選荷風百句」 中公文庫、中央公論新社
2018(平成30)年7月25日
初出「おもかげ」岩波書店、1938(昭和13)年7月10日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2020-04-30 / 2020-04-01
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

(自選) 荷風百句序


 わが発句の口吟、もとより集にあむべき心とてもなかりしかば、書きもとどめず、年とともに大方は忘れはてしに、おりおり人の訪来りて、わがいなむをも聴かず、短冊色帋なんど請わるるものから、是非もなく旧句をおもい出して責ふさぐことも、やがて度重るにつれ、過ぎにし年月、下町のかなたこなたに佗住いして、朝夕の湯帰りに見てすぎし町のさま、又は女どもと打つどいて三味線引きならいたる夜々のたのしみも、亦おのずから思返されて、かえらぬわかき日のなつかしさに堪えもやらねば、今はさすがに棄てがたき心地せらるるものを択みて、老の寐覚のつれづれをなぐさむるよすがとはなしつ。

昭和丑のとし夏五月
荷風散人
[#改ページ]
春之部

墨も濃くまづ元日の日記かな

正月や宵寐の町を風のこゑ

暫の顔にも似たりかざり海老

羽子板や裏絵さびしき夜の梅

子を持たぬ身のつれ/\や松の内

九段坂上の茶屋にて
初東風や富士見る町の茶屋つゞき

まだ咲かぬ梅をながめて一人かな

清元なにがしに贈る
青竹のしのび返や春の雪

市川左団次丈煙草入の筒に
春の船名所ゆびさすきせる哉

自画像
永き日やつばたれ下る古帽子

浅草画賛
永き日や鳩も見てゐる居合抜

柳嶋画賛
春寒や船からあがる女づれ

葡萄酒の色にさきけりさくら艸

紅梅に雪のふる日や茶のけいこ

出そびれて家にゐる日やさし柳

銀座裏の或酒亭にて二句
よけて入る雨の柳や切戸口

傘さゝぬ人のゆきゝや春の雨

妓楼の行燈に
しのび音も泥の中なる田螺哉

室咲の西洋花や春寒し

日のあたる窓の障子や福寿草

うぐひすや障子にうつる水の紋

色町や真昼しづかに猫の恋

画賛
門の灯や昼もそのまゝ糸柳

石垣にはこべの花や橋普請

送別二句
笈[#ルビの「きふ」は底本では「おひ」]を負ふうしろ姿や花のくも

行先はさぞや門出の初ざくら

鼬鳴く庭の小雨や暮の春

行春やゆるむ鼻緒の日和下駄

春惜しむ風の一日や船の上

夏之部

夕風や吹くともなしに竹の秋

よし切や葛飾ひろき北みなみ

待つ人の来ざりしかば
水[#挿絵][#ルビの「くひな」は底本では「くいな」]さへ待てどたゝかぬ夜なりけり

築地閑居
夕河岸の鰺売る声や雨あがり

御家人の傘張る門や桐の花

明やすき夜や土蔵[#ルビの「どざう」は底本では「つちぐら」]の白き壁

青梅の屋根打つ音や五月寒

八文字ふむや金魚のおよぎぶり

荷船にもなびく幟や小網河岸

四月十八日
物干に富士やをがまむ北斎忌

芍薬やつくゑの上の紅楼夢

卯の花や小橋を前のくゞり門

百合の香や人待つ門の薄月夜

蝙蝠やひるも燈ともす楽屋口

石菖や窓から見える柳ばし

一ツ目の橋や墨絵のほとゝぎす

向嶋水神の茶屋にて
葉ざくらや人に知られぬ昼あそび

散りて後悟るすがたや芥子の花

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