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自選 荷風百句
じせんかふうひゃっく |
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作品ID | 59688 |
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著者 | 永井 荷風 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「麻布襍記 ――附・自選荷風百句」 中公文庫、中央公論新社 2018(平成30)年7月25日 |
初出 | 「おもかげ」岩波書店、1938(昭和13)年7月10日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 砂場清隆 |
公開 / 更新 | 2020-04-30 / 2020-04-01 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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(自選) 荷風百句序
わが発句の口吟、もとより集にあむべき心とてもなかりしかば、書きもとどめず、年とともに大方は忘れはてしに、おりおり人の訪来りて、わがいなむをも聴かず、短冊色帋なんど請わるるものから、是非もなく旧句をおもい出して責ふさぐことも、やがて度重るにつれ、過ぎにし年月、下町のかなたこなたに佗住いして、朝夕の湯帰りに見てすぎし町のさま、又は女どもと打つどいて三味線引きならいたる夜々のたのしみも、亦おのずから思返されて、かえらぬわかき日のなつかしさに堪えもやらねば、今はさすがに棄てがたき心地せらるるものを択みて、老の寐覚のつれづれをなぐさむるよすがとはなしつ。
昭和丑のとし夏五月
荷風散人
[#改ページ]
春之部
墨も濃くまづ元日の日記かな
正月や宵寐の町を風のこゑ
暫の顔にも似たりかざり海老
羽子板や裏絵さびしき夜の梅
子を持たぬ身のつれ/\や松の内
九段坂上の茶屋にて
初東風や富士見る町の茶屋つゞき
まだ咲かぬ梅をながめて一人かな
清元なにがしに贈る
青竹のしのび返や春の雪
市川左団次丈煙草入の筒に
春の船名所ゆびさすきせる哉
自画像
永き日やつばたれ下る古帽子
浅草画賛
永き日や鳩も見てゐる居合抜
柳嶋画賛
春寒や船からあがる女づれ
葡萄酒の色にさきけりさくら艸
紅梅に雪のふる日や茶のけいこ
出そびれて家にゐる日やさし柳
銀座裏の或酒亭にて二句
よけて入る雨の柳や切戸口
傘さゝぬ人のゆきゝや春の雨
妓楼の行燈に
しのび音も泥の中なる田螺哉
室咲の西洋花や春寒し
日のあたる窓の障子や福寿草
うぐひすや障子にうつる水の紋
色町や真昼しづかに猫の恋
画賛
門の灯や昼もそのまゝ糸柳
石垣にはこべの花や橋普請
送別二句
笈[#ルビの「きふ」は底本では「おひ」]を負ふうしろ姿や花のくも
行先はさぞや門出の初ざくら
鼬鳴く庭の小雨や暮の春
行春やゆるむ鼻緒の日和下駄
春惜しむ風の一日や船の上
夏之部
夕風や吹くともなしに竹の秋
よし切や葛飾ひろき北みなみ
待つ人の来ざりしかば
水[#挿絵][#ルビの「くひな」は底本では「くいな」]さへ待てどたゝかぬ夜なりけり
築地閑居
夕河岸の鰺売る声や雨あがり
御家人の傘張る門や桐の花
明やすき夜や土蔵[#ルビの「どざう」は底本では「つちぐら」]の白き壁
青梅の屋根打つ音や五月寒
八文字ふむや金魚のおよぎぶり
荷船にもなびく幟や小網河岸
四月十八日
物干に富士やをがまむ北斎忌
芍薬やつくゑの上の紅楼夢
卯の花や小橋を前のくゞり門
百合の香や人待つ門の薄月夜
蝙蝠やひるも燈ともす楽屋口
石菖や窓から見える柳ばし
一ツ目の橋や墨絵のほとゝぎす
向嶋水神の茶屋にて
葉ざくらや人に知られぬ昼あそび
散りて後悟るすがたや芥子の花
…