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青君の追跡
あおくんのついせき
作品ID59724
原題THE PURSUIT OF MR. BLUE
著者チェスタートン ギルバート・キース
翻訳者村崎 敏郎
文字遣い新字新仮名
底本 「〔ブラウン神父の醜聞〕」 HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS、早川書房
1957(昭和32)年3月15日
入力者時雨
校正者sogo
公開 / 更新2022-05-29 / 2022-04-27
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 よく晴れた午後の海辺の遊歩場を、マグルトン(だまされやすいアホウ者という意味)という気のめいるような名前の持主がその名にふさわしく憂欝そうに歩いていた。額には深い苦労のしわが馬蹄形にきざまれていた。そこで脚下の浜辺にちらばつてならんでいる大道芸人の群れがいくらそつちを見上げても喝采してもらえなかつた。ピエロ連中が、死んだ魚の真白な腹のように青白い、顔を上げてみせても、いつこうにこの男の元気はよくならなかつた。きたないすすで顔をすつかりねずみ色にしている黒人連中もやはり同じようにこの男の気分を明るくしてやるわけにはいかなかつた。失望した悲しい男であつた。深いしわのきざまれている禿げあがつた額以外もオドオドしてやつれたような感じだつた。そしてなんとなく陰気だが上品な顔立ちだけに、顔の中で唯一のこれ見よがしの装飾物がなおさら不似合いな感じだつた。それはピンと飛び出して逆立つている軍隊風の口ひげで、つけひげではないかと疑われそうなものであつた。実際、つけひげだという可能性もある。一方、もしつけひげでないとしても、無理にはやしたものだという可能性もある。単に自分の意思で、大急ぎではやしたのかもしれなかつた……それくらいその口ひげは、この男の個性の一部というより、むしろ仕事の一部だつたのである。
 というのは実はマグルトン氏はささやかな私立探偵で、額の雲は職業上の大きなへまによるものだつたからである。ともかくそれは、単にこんな苗字を持つているということ以上に憂欝な、或る事と関係があつた。苗字については、むしろなんとなく、誇りにしていたかもしれないのである……というのはこの男は、マグルトン派(一六五一年頃ラドイック・マグルトンが創立して一時流行した宗派)の創立者と縁続きだと断言していた、貧しいながら慎しみ深い非国教派の家に生れたからである……あの宗派の創立者は人間の歴史上この名前を勇敢に名乗つて現われた唯一の人物であつた。
 それよりもこの男の悩みの正当な原因は(少なくとも自分で説明したところによると)、あの世界的に有名な百万長者殺害の血なまぐさい現場に立ち会いながら、それを防ぎそこなつたからであつた……おまけにそのために一週間五ポンドの給料で雇われていたのであつた。そこで「うれしいひと日にしておくれ」というような歌をものうげにうたつてきかされたところで、この男に人生の喜びが感じられなかつたという事実は説明がつくであろう。
 その点では、浜にはほかにもいろんな連中がいて、この連中なら彼の殺人問題やマグルトン派の伝統にもつと同情してくれそうであつた。海辺の盛り場は、甘い情緒にうつたえるピエロばかりでなく、説教者連中も店を張りにくる所で、たいていはいかにもそれらしく地味で熱狂的なお説教を専門にしているようである。一人だけ老年のやかましくしやべり立てる男がいて、これにはマグル…

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