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ピンの先き
ピンのさき
作品ID59731
原題THE POINT OF A PIN
著者チェスタートン ギルバート・キース
翻訳者村崎 敏郎
文字遣い新字新仮名
底本 「〔ブラウン神父の醜聞〕」 HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS、早川書房
1957(昭和32)年3月15日
入力者時雨
校正者sogo
公開 / 更新2022-04-16 / 2022-03-27
長さの目安約 45 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ブラウン神父がいつも断言していたように、彼は眠つているうちにこの問題を解決したのであつた。そして事実そのとおりであつたが、ちよつと妙な所があつた。なぜかといえばそういうことになつたのはむしろ彼が眠りをさまたげられたときだつたからである。朝ばかに早く眠りをさまたげられたのは、ブラウンの部屋の向側に建築中だつた巨大なビルディング――つまり未完成ビルディングの中ではじまつたハンマーの音のためであつた。一家族ずつの部屋が積み重なつた巨大な建築で、まだ大部分は足場と掲示板でおおわれていた。掲示板には、建築者兼所有者として、スインドン・サンド商会の名前が出ていた。ハンマーの音が規則正しい間をおいてくりかえされるので、すぐそれとわかつたが、これはスインドン・サンド商会が新しいアメリカの床張り法を専門にしていたためで、この方法によると(広告に書いてあるとおり)完成後の平滑、堅固、不可侵及び永久の愉快が保証されるくせに、或る時期に重いハンマーで金具を叩きつける必要があつたのである。それでもブラウン神父は、この状態からでもささやかな喜びを引き出そうと努力して、おかげでいつも早朝のミサに間に合うようにおこしてくれるから、美しい鐘音のようなものだと言つていた。けつきよく、キリスト教徒がハンマーの音でおこされるのは鐘の音でおこされるのと同じくらい詩的だと、言つていた。実は、しかし、このビルディングの作業は、別の理由で、多少ブラウンの神経にこたえた。というのは半分建てかけの摩天楼の上に労仂危機の可能性が雲のようにたれこめていたからである……この危機を各新聞はどこまでもストライキだと主張して書き立てていた。実際問題としては、もしそんなことになつたら、職工締出しになりそうであつた。しかしブラウンはそんなことになりはすまいかと思つて、ずいぶん気にしていた。それからハンマーの音が注意力を疲労させるのは、それが永久に続きそうだからか、それともいまにも止まりそうだからか、そこがよくわからなかつた。
「単に趣味の問題とすれば、わしはこれで中止してくれるといいと思いますがなあ」ブラウン神父は、フクロウのような眼鏡で大建築物を見上げながら、言つた……「わしはどんな家でもまだ足場を組んであるうちに中止してくれるといいと思います。すべての家がいつでもできあがつてしまうのはどうも残念な気がします。家々が、あの妖精が組み立てたような、白木の足場にかこまれていると、日を受けて軽やかに明るく輝いて、新鮮で希望にあふれて見えます。それなのに人間はいつも家をこしらえ上げてしまつて、墓場に変えてしまいます」
 ブラウンは眺めまわしていた対象物から顔をそむけたとき道の向側からこつちのほうへ飛び出してきた一人の男にあやうくぶつかりそうになつた。それはブラウンがちよつと知つているだけの男であつたが、(この場合)何か不吉を知ら…

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