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おしどり
おしどり
作品ID59734
原題OSHIDORI
著者小泉 八雲
翻訳者田部 隆次
文字遣い新字新仮名
底本 「小泉八雲全集第八卷 家庭版」 第一書房
1937(昭和12)年1月15日
入力者大久保ゆう
校正者館野浩美
公開 / 更新2022-09-14 / 2022-08-27
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 陸奥の国、田村の郷の住人、村允と云う鷹使でありかつ猟師である男がいた。ある日猟に出たが鳥を得ないで空しく帰った。その途中赤沼と云う所でおしどりが一つがい泳いでいるのを見た。おしどりを殺すのは感心しないが、飢えていたので、村允はその一つがいを目がけて矢を放った。矢は雄鳥を貫いた。雌鳥は向うの岸の蘆の中に逃げて見えなくなった。村允は鳥の屍を家に持ち帰ってそれを料理した。
 その晩村允はものすごい夢を見た。美しい女が部屋に入って来て、枕元に立って泣き出すような夢であった。余りはげしく泣くので聴いていると胸が裂けるようであった。女は叫んだ。『何故ああ何故夫を殺しました。殺されるような、どんな罪を犯しましたか。赤沼で私共は楽しく暮していたのです、――それにあなたは夫を殺しました。……あなたに一体、何の害をしたでしょうか。自分で何をしたか、あなたは分っていますか、――ああ、どんな残酷な、どんな悪い事をしたか、分っていますか。……あなたは私も殺しました、――夫がいないでは私は生きている気はない。……私はただこの事を言いに来ました』……それから又、大声で泣き出した――余りはげしく泣いたので、その泣き声が村允の骨の髄までしみ渡った、――それからつぎの歌を、泣き泣きよんだ、――
『日暮るれば さそひしものを、
 あかぬまの
 真菰がくれの ひとりねぞうき』
 この歌の文句を吐き出したあとで、彼女は叫んだ、――
『ああ、あなたは知らない――何をしたか分る訳はない。しかし明日赤沼へ行けば分ります――分ります……』そう云って又悲しそうに泣いて帰った。
 朝、目がさめた時、この夢が心にはっきり残っていたので村允は甚だ困った。
『しかし明日赤沼へ行けば分ります――分ります』と云う言葉は、彼にとって忘れられなかった。そこで彼は、その夢は、夢以上のものであるか、どうかをたしかめるために、直ちにそこへ行こうと決心した。
 そこで彼は赤沼へ行った。岸についた時、見ると雌鳥がひとりで泳いでいた。同時にその鳥が村允を認めた。しかし逃げようとしないで不思議な風に、わき目もふらずに村允を見つめながら、真直にその方に向って泳いで来た。それからくちばしで、不意に自分の体をつき破って村允の目の前で死んだ。……

 村允は頭を剃って、僧となった。



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