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お貞のはなし
おていのはなし |
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作品ID | 59735 |
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原題 | The Story of O-Tei |
著者 | 小泉 八雲 Ⓦ |
翻訳者 | 田部 隆次 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「小泉八雲全集第八卷 家庭版」 第一書房 1937(昭和12)年1月15日 |
入力者 | 大久保ゆう |
校正者 | 館野浩美 |
公開 / 更新 | 2022-12-20 / 2022-11-26 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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昔、越後国新潟の町に長尾長生と云う人があった。
長尾は医者の子であった。それで父の業をつぐべき教育をうけた。小さい時に父の友人の娘お貞と云うのと婚約ができていた。長尾の修行の終り次第婚礼をあげる事に両家とも一致していた。しかしお貞の健康のすぐれない事が分って来た。それから、十五の年にお貞は、不治の肺病にかかった。死ぬことが分った時、彼女は、わかれを告げるために長尾に来てもらった。
長尾が彼女の床のわきに坐ると、彼女は云った。
『長尾さま、私達は子供の時からお互にきまっていました。そして今年の末に結婚する筈でした。しかし今私は死にかかっています、――これも神仏の思召です。もう何年か生きていましたら私は他人の迷惑や心配の種子になるばかりでしょうから。こんな弱いからだではよい妻になれるわけはありません。ですからあなたのために生きていたいと願う事さえ余程我ままな願でしょう。私全くあきらめています。それであなたも悲しまない事を約束して下さい。……それに私達は、又あえると思います。それをあなたに云いたいのです』……
『本当だ、又あえるとも』長尾は熱心に答えた。『そしてあの浄土では別れると云う苦痛はないのだから』
『いいえ、いいえ』彼女は静かに答えた『浄土での事ではありません。明日葬られますけれども――この世で再びあう事にきまっていると信じています』
長尾は不思議そうに彼女を見た。彼の不思議そうにしているのを見て、微笑している彼女を見た。彼女はおだやかな夢のような声で続けた、――
『そうです。この世のつもりです――あなたのこの今の世でです。長尾さま、……全くあなたもおいやでなければ。……ただそうなるために私もう一度子供に生れかわって女に成人せねばなりません。それまで、あなたは待っていて下さるでしょう。十五年、十六年、長い事ですね、……しかし私の約束の夫のあなたは今やっと十九です……』
彼女の臨終を慰めようと思うばかりに、彼はやさしく答えた。
『私の約束の妻、あなたを待っている事は義務であり又嬉しい事です。私共は七生の間お互に誓ってあるのです』
『しかしあなたは疑いますか』彼女は彼の顔を見つめながら尋ねた。
『他人のからだになって、他人の名になっているあなたが分るかどうか疑われます、――何か、しるしか証拠を私に云ってくれなければ』彼は答えた。
『それはできません』彼女は云った。『どこでどうしてあうか神仏だけが御存じです。しかしきっと本当にきっと、もしあなたがおいやでなければ私はあなたの処へかえって来る事ができます。……それだけ覚えていて下さい』
彼女はものを云わなくなった。それから眼を閉じた。彼女は死んでいた。
*
長尾は心からお貞になついていた。それだけに彼の悲しみは深かった。彼はお貞の俗名を書いた位牌を造らせた。そしてその位牌を仏壇に置い…