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煉獄
れんごく
作品ID59758
原題THE NETHER MILLSTONE
著者ホワイト フレッド・M
翻訳者奥 増夫
文字遣い新字新仮名
初出1907年
入力者奥増夫
校正者
公開 / 更新2019-05-20 / 2020-07-09
長さの目安約 366 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

主な登場人物  備考
メアリ     メアリ・ダッシュウッド
ジョージ卿   メアリの実父
メイフィールド メアリと結婚予定
大奥様     レディ・ダッシュウッド
ラルフ     ラルフ・ダーンリ
先代      ラルフの実父
先々代     ラルフの祖父
スライト    老執事
マリア     実父の最初の妻
アリス     実父の米国人妻
ペイシャンス  元・乳母
ビンセント   謎の人物
ドレイク警部  ロングタウン警察
コニー     メアリの同居女
スピード夫人  ビンセントの実母
グレイス    コニーの仕事仲間
スクーダモー  出版社の編集長
モーリ所長   弁護士
ニューカム   医者

第一章 貴族階級
 女の目に、むなしい怒りと絶望の涙があった。危機は重大だが、回避は簡単。青鹿毛の進路を変えさえすれば……。はみを引いて止めさえすれば……。手袋がびりっと裂け、きしゃな白い手首に青筋が浮いた。
 だが依然として馬は岩道を駆け、墓地門へ突進している。すぐに門を通り、墓地へ突っ込む。もう、じたばたできない。門のアーチで鞍からたたき落とされ、一撃で命を失う。メアリ・ダッシュウッドにはよくわかった。あと数分の命だ。
 歯を食いしばり、自慢の青い瞳から溢れる涙を、まばたきして払った。怖くなかった。今まで一族に臆病者はいない。しかし残念だ。
 道の両側にはブナの大木が植わり、空は真っ青、小鳥のさえずりも聞こえる。よわい、わずか二十二歳、命は風前のともしびだった。
 瞬間が近づいてきた。相変わらず青鹿毛は突き進んでいる。墓地門が見えてきた。鞍から身を投げたら、傍らの岩に当たって、ぐしゃぐしゃになる。青鹿毛には乗るなと常々注意されていたのに。身をかがめ、頭上の枝を避けると、帽子がはね飛ばされ、形のよい頭から、栗色の髪がきらきらたなびいた。
 森の右側で、ばりばり小枝の音がした。百メートルほど先、高い柵越しに顔が見え、路上にかかる樫の大枝に男が登っている。ひょっとして女の危険を察したか。多分そうだ。というのも大枝に片足をかけて、両腕を路上に広げたからだ。冷静にはっきり叫んでいる。
「脇に寄せろ。近づいたら、手綱を放し、あぶみを外せ。恐れるな」
 ほとんど命令調だった。
 青鹿毛の巨体が突進中。危機のさなか、見えた男の両腕は強力で褐色、やれそうだ。
 すべては一瞬で簡単に終わったので、危機など無かったかのようだった。男の腕は暖かくしなやかだが、鋼鉄のように強靱で、女の細腕をつかみ、軽々と鞍から持ち上げた瞬間、両足が路上にぶらんと浮いた。ダッシュウッド家の誇りと勇気も形無し。ただの女性、ほとんど路肩で失神している。
 女がやおら目を開けて見れば、強力な男の腕で腰を支えられている。高貴な美しい顔がさっと紅潮した。半ば驚くや、半ばうれしや、男の顔を見たとき、ますます…

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