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牛の丸焼
うしのまるやき |
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作品ID | 59762 |
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著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社 1966(昭和41)年10月20日 |
初出 | 「あまカラ 第九十三号」甘辛社、1959(昭和34)年5月5日 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | 木下聡 |
公開 / 更新 | 2022-01-29 / 2021-12-27 |
長さの目安 | 約 9 ページ(500字/頁で計算) |
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だいぶ前のことであるが、「西洋の浜焼」という題で、チリーのインディアンの料理の話を書いたことがある。
それはクラントウという料理であって、肉と野菜とを、幅の広い木の葉でつつんで、土の中に埋めて焼いたものである。これは現在、チリーの南端にあるフエゴ島の土人だけにしか残っていない料理法で、チリーやアルゼンチンの人たちもほとんど知らない、珍しい料理である。
ところが最近変った本が出て、南太平洋の孤島イースター島の土人も、現在この料理をやっていることを知った。そしてこの料理法で、牛を一匹丸焼にすることもあることを知って、非常におどろいた。まことに規模雄大な話である。
この本は Aku-Aku(アク・アク)という珍しい表題の本であって、著者はノルウェーの考古学者 Thor Heyerdahl である。というよりも、有名な「コンティキ漂流記」の著者といった方がわかりやすいであろう。この本は、世界十何カ国語に翻訳され、日本でもだいぶ評判になった、途方もなく面白い本である。こんど出た Aku-Aku は、コンティキの続編ともいうべき本で、これも既に数カ国語に翻訳され、世界的に評判になりつつある本である。(註 これを書いたあと、日本訳も既に出ているという話をきいて、ちょっと驚いた。山田晃訳・上下各二八〇円・光文社刊)
イースター島は、南米と濠州との中間、南太平洋のまんなかにある孤島で、いわゆるポリネシア群島に属している。長さ十二マイル、幅八マイルくらいの小さい島であって、広袤数千マイルの南太平洋の中では、砂粒のような島である。
この島は、ほとんど木の生えていない荒涼たる土地である。月世界のような裸の岩山が、島の大部分を占め、その山裾のスロープだけが、葦のような雑草の草原になっている。海岸はほとんど全部、恐ろしく切り立った断崖になっていて、人間の近づくことを許さない。ところでこの島は、考古学者の間で、一つの神秘境とされている。というのは、こういう人外の世界に、驚くべき巨大な石像が散在しているからである。ほとんど人間の住んでいる気配のない荒涼たる草原の中に、奈良の大仏くらいもある大きい石像が、何十となく立っている。そのほとんどは、土に埋もれて、顔だけが草原の中につき出ているのであるが、その顔の長さが、人間の背丈の二倍から、三倍くらいもある。発掘の結果、この石像は、腰から上だけしかないことがわかったが、それでも大きいものになると、五階建のビルディングくらいの背丈のものがある。
この島は、今から二百三十年ばかり前に、初めてオランダ人によって発見されたのであるが、その時すでに、この巨像は、廃墟の姿で、海から見える草原の中に、存在していたのである。その後、キャプテン・クックを初め、いろいろな探検家が、この島を訪れたが、ある時は、たくさんの土人が海岸に群がっているかとおもうと…