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科学ブームへの苦言
かがくブームへのくげん
作品ID59768
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出「文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年4月
入力者砂場清隆
校正者津村田悟
公開 / 更新2021-09-29 / 2021-08-28
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

科学ブームの発生

 この数年来の科学の飛躍的発展は、今さら述べ立てるまでもない。人工衛星、原子力問題、人工頭脳、南極観測と……、この近年の新聞や雑誌に、科学関係の記事が、一つも載らない日は、まず無いといってよい。まさに科学ブームの時代である。
 二十五年ばかり前に、朝日新聞が、初めて科学欄をつくり、月に一回か二回、科学の記事を載せ始めたのは、当時としては、まさに劃期的な壮挙であった。それまでは、科学の記事といえば、社会面のトップに、いわゆる「世界的大発見」の記事が、一日だけあらわれて、すぐ消えて行く程度のことであった。まさに隔世の感がある。
 科学が今日のように発達してくると、政治も、経済も、科学を抜きにしては、動くことができない。従って科学関係の記事が、新聞の第一面や第二面、あるいは総合雑誌の巻頭にあらわれるのも当然なことである。これは何も日本だけの話ではない、世界的の現象である。しかしこの現象を、近年の日本の場合について考えてみると、この科学ブームが、必然性から産まれてきたものか否か、いささか疑わしい点がある。
 もちろんそういう現象が、現実に生じている以上、そこには、必然性があったことは、確かである。しかし必然性という言葉を、もっと狭義に考えて、今日の日本の科学ブームが、日本の政治なり、経済なりと、直接のつながりがあるか否かという点になると、大いに吟味を要する。
 ジャーナリズムにおける科学ブームは、科学振興の基盤となるものであって、その点では、大いに歓迎すべきことである。しかしそのブームが、国情と時代との必然性から産まれたものではなくて、誤ったジャーナリズム、すなわちその日その日主義の産物として、産み出された場合は、かえって科学振興の害になる。
 その弊害は、いろいろな形をとって、現われてくる。単なる民衆の好奇心に迎合する場合は、よく非難されるが、それはまだ罪の浅い方であるが、もっと悪質なのは、自己の主張を有利にするために、科学の一部の知識だけを引用し、大衆の科学知識の欠如に乗じて、ことを為そうとする傾向が出てくることである。
 もっとも、これは結果としての話であって、初めから、そういう意図をもってかかる場合は、滅多にないであろう。充分な科学知識がない場合には、いろいろな話を読んだり、聞いたりしているうちに、自己の主張に有利な事項だけが理解され、ついそれを引用することになり易いのである。
 平凡な結論になってしまうが、科学ブームを本当に活かすためには、国民全体の科学知識を向上させるより他に、よい方法はない。それについては、一般大衆の成人教育には、ジャーナリズム或いはマス・コミ以外に、現在のところ、道がないのであるから、関係者はその点を常に頭に入れておく必要があるであろう。それには、まず間違った記事を書かないという、基本的なことからはいって行くべきで…

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