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九谷の皿
くたにのさら
作品ID59774
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出「東京新聞」1961(昭和36)年3月
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2022-06-15 / 2022-05-27
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 支那の古い時代の青墨の色に、興味をもったのは、高等学校の学生時代である。
 四高へ通っていたころ、中村浩さんという日本画家と知り合いになった。油絵から転向した人で、色にはきわめて敏感であった。支那の名墨の墨色図鑑を自分でつくって、秘蔵していた。旧家やこっとう屋を回って、ちょっと磨らせてもらって、その墨色を収集したものである。
 それ以来、興味はもっていたが、名墨の物理的研究までは、さすがに手が出なかった。しかし戦後になって、度胸をきめて、少し手がけてみた。電子顕微鏡だの、X線だのを使って調べてみて、やっと少しわかった。名墨といわれるものは、粒子が円く、全体として半ば結晶質になっているのである。
 初めは墨色の研究のつもりだったが、だんだん嵩じてきて、とうとう一昨年は、墨絵の展覧会までやった。私の墨絵の高弟で、出藍の誉れ高い、岩波の小林勇君との二人展である。
 小林君は、高弟というと腹を立てるが、これは警視庁ご証明づきであるから、仕方がない。そのてんまつには、ここではふれる暇がない。
 それ以来、二人ともますます熱が上がってきた。小林君は、そのうちに、今の仕事を止めて、画家として立ちたい希望のようである。鉄斎だって、六十歳以後の絵がよいのであるから、今からでもおそくはない。熱心の度がちがうし、それに天分もあるらしい。めきめき上手になって、亡くなられた安井曾太郎さんだの、矢代幸雄先生だのにほめられている。ほんとに画描きになるかもしれない。
 私の方は、どうもはかばかしくない。物理学が邪魔をしているのだろうと、自分では解釈している。花だの、野菜だの、生きているものは、どうも造花か、模型みたいになってしまう。
 それで硝子器だの、陶器だのという堅いものを、主として描くことにしている。これは克明にさえ描けばよいので、楽である。九谷の絵ざらなど、たいへん複雑なようであるが、根気よくあの密画のまねをしていると、ちょっと見には、如何にも九谷らしくなる。
 娘は自分でも絵を描いているので、おやじの絵の天分は、すぐわかるらしい。「パパはそれに限る。墨絵のダッチスクールの開祖になったらいいわ」と、慰めてくれている。
 細君の方は、もっと実利的である。「子供のころに、一毫さんのところに預けられていたのがよかったのよ。紙に描くのはつまらないから、サラにお描きなさい。九谷工になれるわよ」という。父は私を九谷工にするつもりで、小学校のころ、当時の名工浅井一毫さんの家へ、しばらくあずけたことは事実である。
 これはよい考えなので、目下思案中である。小林君が鉄斎級になったころ、私が一毫級になっていたら、ちょうど釣り合いがとれるであろう。
(昭和三十六年三月)



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