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校正の話
こうせいのはなし |
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作品ID | 59777 |
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著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社 1966(昭和41)年10月20日 |
初出 | 「図書」1954(昭和29)年10月 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | 木下聡 |
公開 / 更新 | 2022-07-26 / 2022-06-26 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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今度アメリカで本を出してみて、校正のやり方が、まるで日本とちがっているのに、一寸面喰らった。
実は、三年ばかり前に、米国気象学会で、『気象学要綱』という本を出した時に、その一章を書いたことがある。それと、この春ハーバード大学出版部から『雪の結晶』を出したのと、経験は二回だけである。しかしその二回とも、やり方は全然同じだった。それでこれが少なくとも学術関係の出版では、通則と思われるので、その方法を説明しておこう。
まず校正の回数であるが、これは、著者に見せるのは、二回だけである。第一回はギャリイ・プルーフといって、ページの配置と関係なく、文章だけの校正である。二尺五寸ばかりの長い紙に、文章をいっぱいに刷ってある。もちろん幅は本刷の幅で、行換えなども、原稿どおりになっている。
この校正が出来上がったら、適当な長さに切って、写真や図版と睨み合わせて、各ページを作って行くのである。それを出版社の方でやって、ページ・プルーフとして著者のところへ送って来る。この時は、図版や写真の入るところは、白く余白をとって、ページの体裁になっている。余白の下には、図の番号や説明が印刷されている。
このページ・プルーフでは、図版の位置の入れ換えや、行の送りなどをする。しかし原則として、文章の校正をしてはいけないことになっている。ページ・プルーフがすむと、今度は写真や図を入れて、本式の本としての最後の校正をする。その最後の校正は、普通は著者には見せないようである。
要するに、アメリカの校正は、非常にはっきりしていて、文章および文字の校正一回、ページ内での配置の校正一回、というふうにわかれている。日本でのいわゆる校正は、ギャリイ・プルーフ一回だけしか、著者にはやらせてくれない。ギャリー・プルーフは、日本でいえば初校にあたるが、それで校了にするわけであるから、大いに、慎重にやる必要がある。
日本流に考えたら、初校で校了ということは、一寸想像もつかない。しかしそれにはちゃんと手段がとってある。何でもないことで、校正というものを、文字どおりに、印刷職工の間違いを直すことに限定し、文章や文字の訂正は認めないのである。
実行方法としては、原稿とゲラとがちがっている場合は、青色で直し、校正の時に原稿自身の間違いに気がついた時は、赤色で訂正する規則になっている。文章や文字を校正の時に直したい場合も、もちろん赤色である。そして青色の訂正は無料、赤色の訂正は有料ということにしてある。
青色の方は印刷屋のエラーであるから、これを直すのは無料、赤色の方は、著者のエラーであるから有料、というのであるから、理窟には合っている。有料分は、普通は著者の負担で、印税から差し引くが、契約によっては出版社で引き受ける場合もあるらしい。ところで、問題はこの有料分の金額の算定であるが、それは、その分の訂正に要し…