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小林秀雄と美
こばやしひでおとび
作品ID59779
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出「小林秀雄全集月報第五号」新潮社、1956(昭和31)年4月
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2022-04-11 / 2022-03-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 先年、小林秀雄と、清荒神へ鉄斎の絵を見に行ったことがある。そのときは、一日中かかって、奥の広い座敷で、百幅近い鉄斎を見た。
 天気のよい日で、白い障子が明るく、室内は森閑としていた。この部屋は、鴨居にたくさん折釘がついていて、十幅くらいの掛物が、ずらりと掛けられるようになっていた。
 次の間に、軸箱がたくさん積み上げてあって、小僧さんが、大事そうにそれをもって来て、一幅一幅かけて行く。小林秀雄は、その前にきちんと正座して、じっと絵に眺め入る。二、三分で、もういいというふうに、一寸眼で合図をして、次の絵の前へ行くこともあるが、ときには、十分以上も、黙ってじっと見入っていることもあった。
 小林秀雄は、普段でも横顔がいいが、こういうときは、とくに美しい顔になる。眼を凝らし、頤をぐっとひいて、食い入るように、あの鋭い視線を絵に注いでいる。終始一言も口をきかない。はたから見ているものには、それが非常に長い時間に感ぜられる。そして最後に「これはいいです」とか「美しいですね」とか、一言いう。それを言うと、急に眼がやさしくなり、思いなしか身構えもぐっと楽になって、ほれぼれとした顔つきで、絵を眺めている。
 ときには、二、三分も見ないで、すぐ「これはつまらない絵ですね」ということもある。主人の方が慌てて「それでも、これは昭憲皇太后さまのお手許にあったもので、間違いのないものなのですが……」というような弁解をする。「そうですか。それでも、絵はつまらないものです」と、落着きはらったものである。
 小林秀雄の絵の批評は、たいていの場合、きわめて簡単明瞭である。「美しいね」と「つまらないものです」との二種類しかない。小学校の生徒のような口のきき方である。いつか、ピカソの絵の話が出たときに、「ああいう絵はどうもわからない」と言ったら、「あれはつまらないものです。わからないなどと皆が言うからいけないので、つまらないもんなんです」とたしなめられた。
 どうも口のきき方がよくないのである。「よい」と「つまらない」との代りに、「好き」と「嫌い」という言葉を使っておけば、まだ無難なのであろう。そうしておけば、ピカソの礼讃者たちに、憎まれる度合も少なくなる。自分の気に入らないものは、何でも「つまらない」というのは、独裁者流で、非民主的である。
 今日のような民主主義の世の中になると、芸術の世界でも、大衆性ということを、重視しなければならない。その点では、小林秀雄のようなことを言うのは、甚だよろしくない。しかし芸術と民主主義との調和は、なかなかむつかしい。フランス革命のあと、自由と平等とが叫ばれたときに、一番喜んだのはセーヌの道端で絵を売っていた画家たちだったそうである。「明日から、俺たちの絵も、ルーベンスと同じ値段で売れることになるんだ」と、皆で大いに祝杯をあげた。しかしなかなかそうは行かなか…

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