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桃林堂の砂糖づけ
とうりんどうのさとうづけ
作品ID59789
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出「あまカラ 第118号」甘辛社、1961(昭和36)年6月5日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2022-04-04 / 2022-03-27
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 シカゴに、フルーツ・ケーキをつくっている会社がある。菓子の名はサラ・リイといい、アメリカでも、一流品とされている。もっとも大量生産としての一流品である。
 そこの主人が、細君をつれて、先日、日本へ遊びに来た。シカゴにいた頃、家庭的に親しくしていたし、その後も娘たちをたいへん可愛がってくれていたので、大いに歓迎しようということになった。
 しかし厄介なことには、相手は非常な金持ちで、世界中を遊び廻るのが道楽である。ヨーロッパはもう見あきているので、昨年は、アフリカを一廻りした。アルジェリアから始めて、コンゴを通り、南端の喜望峰まで、主なところは全部廻ったそうである。
 今年は、欧州の東部から、印度、マレーなどを廻って、日本が旅程の最後になっていた。もうたいていのことには驚かなくなっているにちがいない。それで何かかわったところと考えていたところ、たまたま暮しの手帖の大橋鎮子さんから、八尾の桃林堂の話をきいた。
 サラ・リイの工場では、フルーツ・ケーキを焼く炉は、長さ五百メートルくらいある。その中を、幅五メートル近いベルトが流れている。ケーキはそのベルトいっぱいに並べられ、この五百メートルの間を流されていくうちに、焼き上がる仕掛けになっている。毎日トラックに八十台のフルーツ・ケーキがつくられ、それが全米に送り出されている。
 桃林堂は、新鮮な野菜や果物の砂糖づけをつくっているが、全部手仕事で、家の人たちと、少数の手伝いだけで、自分の家の片隅で全部やっているという話である。一日にトラック八十台の製品を出している家の主人と、かやぶきの旧家で、蕗やセロリーの砂糖づけをつくっている主人との対面は、ちょっと面白いかもしれない。
 これに限るということになって、奈良を案内したあと、八尾へ立ちよった。結果は上首尾で、この東西両極端の対照は、非常に面白かった。
 桃林堂のことは、関西の方には、珍しい話でもなかろう。しかし初めて訪ねた私には、非常な驚きであった。今頃よくこういう人たちがいたか、という驚きである。
 小雨の中を、私たちは、二、三度桃林堂への道をききながら、八尾の町に車を馳せた。大都会の場末らしい感じの町で、こんなところに、大橋さんの説明にあったような家があるかと、ちょっと妙な気持であった。しかし桃林堂へ着いてみると、なるほどと思った。大きいかやぶきの母屋の屋根が、雨空を背景に、どっしりとおさまっている。しもたや風の表も、なかなか感じがよい。
 奥の座敷に通された一行の目の前には、簡素な庭があって、立派なザボンの木が一本繁っていた。大きいザボンがたくさんなっていた。
 サラ・リイの主人は、窮屈そうに、畳の上に坐り、初対面の挨拶をした。抹茶をすすめながら、この家の主人は、いろいろと、この自家製の砂糖づけの苦心を語り出した。
 材料は、いちじく、杏、金柑、グレープ・フルー…

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