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南画三題
なんがさんだい
作品ID59792
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出白端溪硯「東京新聞」1956(昭和31)年6月23日<br>墨と硯と雪と「週刊サンケイ 1巻12号」サンケイ出版、1952(昭和27)年5月
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2022-05-18 / 2022-04-27
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

科学的な南画

 墨絵を始めてから、もう二十年近くになる。北支事変の一寸前頃、難病を患って、伊豆の伊東で、二年間療養したことがある。その時に覚えたのが、随筆を書くことと、墨絵とである。
 その後随筆の方は、大分註文が多くなったが、墨絵の方は、あまり註文がなかった。無料でやったのがいけなかったのかもしれない。もっともそればかりでなく、本質的な理由もある。何時まで経っても、上手にならないからである。
 私の高弟の小林勇君などは、見る見るうちに上手くなってとっくに師匠を凌駕してしまった。私を帝展の審査員とすると、勇は大観、古径の級になってしまった。もっとも熱心の度が違うので、これも致し方がない。牡丹の絵巻物をつくるとなると、毎朝五時に起きて、庭へ出て、出勤までの二時間を、画境三昧に入る。
 それを一日も欠かさず、降っても照っても、毎朝、花期の間中つづけるのであるから、いささか恐れ入る。雨の降る日は、奥さんが傘をさしかけていてくれるのだそうである。これだけの熱心さと内助の功とがあれば、誰だって、絵は上手になる。
 勇はそれを才能のせいと思っているらしく、この頃一緒に画を描くと「中谷さんは、いつまで経っても、ちっとも上手くならないね」と、よく言う。決して嘘やお世辞はいわない男であるから、私も我が意を得たりという顔をする。というのは、「素人の絵は、下手なところがよいのだ」という信念をもっているからである。
 それには良い例がある。
 小宮(豊隆)さんが仙台におられた頃、札幌の行き帰りに、よく小宮さんところへ寄って、文人墨客の会をしたことがある。その時、小宮さんが必ず招待された客の一人は、法文学部のP教授であった。非常に熱心な南画家で、画を画くのに必要な道具を、全部揃えてもって来てくれるので、便利だという点もあったらしい。
 P教授は、もうすっかり玄人の域に達し、枇杷であれ、南天であれ、とっとと描いてしまうくらいの腕である。
 ところで仙台の大学には、絵の会があって、毎年その展覧会をする。その時には、亡くなられた安井(曾太郎)さんを呼んで、批評をして貰うしきたりになっていた。
 或る年、P教授は、家中一杯に自作の絵を並べて、安井さんを無理矢理に引っ張って行った。
 あのおとなしい安井さんのことだから、神妙に、それ等の絵を見てくれたが、うんともすんとも言われない。黙って次ぎ次ぎと見て行かれるだけだったそうである。P教授は到頭我慢し切れなくなって、最近の会心の作の前で、「この絵は如何でしょう」と聞いてみた。それでも安井さんは「さあねえ」としか言わない。
 結局最後に、P教授は「この中ではどれが比較的いいでしょうかね」と折れて出た。そしたら安井さんが「あれと、あれが一寸面白いね」と指さされた。ところがその二枚とも、三十年前の作品だった。そこでP教授は、「僕は三十年間、下手になる…

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