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物心一如の科学
ぶっしんいちにょのかがく
作品ID59796
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出「禪文化 第七号」花園大学禪文化研究会、1957(昭和32)年3月15日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2024-05-14 / 2024-05-06
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この頃の一番大きい話題は、原子力である。原子爆弾の出現以来、世界中の人間が、原子力の恐怖病にかかった傾向があった。ところが一方最近になって、原子力の平和利用が賑やかに唱えられて来て、原子力時代というような言葉が、盛んに使われるようになった。
 確かに、人類は、今新しい勢力の世界にはいりつつある。今日の文明は、一昔前、たとえば徳川時代などに較べると、まるで様相がちがっている。その一番大きい要素は電気が使えるようになったからである。
 電燈や電車はもちろんのこと、ラジオやテレビなど、昔の人の言葉でいえば、千里眼や順風耳が、現実に現われて来た。それ等は全部、電気のはたらきを利用したものであって、電気が無かったら、人間の生活も、ものの考え方も、今日の姿とは、大分違ったものになったであろう。
 電気という新しい勢力が発見され、それを人間が自由に駆使出来るようになっただけで、これだけのちがいが出て来たのである。それで新しい原子力という勢力が出て来て、それを人間が自由に使えるようになれば、次の新しい時代が招来されることも、当然と言えよう。
 それで原子力が、今のところブームになっていて、毎日の新聞やラジオで、原子力という言葉に接しない日は、一日もないといって、決して過言ではない。ところが可笑しなことには、それほど皆の口の端に上る原子力について、その本体を、たいていの人はほとんど知らないでいる。原子力は物質が勢力に変化したものだとよくいわれるが、それがどういう意味であるかと聞くと、答えられない人が、大多数である。
 この「原子力は、物質が勢力に変化したものである」という言葉には、間違いがなく、そのとおりである。しかし物質はものであって、或る実質のあるものである。ところが勢力は、力のようなもので、これはものではない。物と物でないものとが、本当は同じものであって、一方が他に移り変われるというのであるから、理解されにくいのが、当然である。
 禅の方で、物心一如という言葉があるそうであるが、原子力は、まるでこの禅語を、現実に証明したような恰好である。この悟りのようなものから、現実に原子爆弾が出来たり、原子力発電がされたりしたわけである。如何にも不思議な話であるが、本当は何も不思議なことではなく、物質と普通にいわれているものも、また勢力といわれている力みたようなものでないものも、本来ともに、自然界の実体ではなく、人間の頭の中でつくられた概念である。そして自然界の実体は、この両者を融合したところにあって、本来互いに移りかわれるものであったのである。
 その説明にはいる前に、まず「物質」と「勢力」という言葉の意味を知っておく必要がある。そのうちで、比較的わかり易い物質の方からはいろう。
 物質といえば、ものであって、何も説明など要らないわかり切ったことと思われるかもしれない。しかしこれ…

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