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エスキモーの国から
エスキモーのくにから
作品ID59805
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出「文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年9月
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2022-03-29 / 2022-02-25
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

世はさまざまの話

 五月の末に日本を立って、米国の東海岸に面した避暑地ウッズホールで、三日間の会議をすませ、昨日グリーンランドのチューレへ着いた。そこから十四マイルばかり氷河のモレインの原を行くと、氷冠にとりつく。そのすぐ手前のところに、タトウのベース・キャンプがある。
 ここは、グリーンランドでも、ずっと北の端近いところで、北極点までは、あと八百マイルくらいしかない。北極圏の中でも、ずっと北に寄ったところで、六月十二日というのに、まだチラチラ雪が降っていた。
 忙しい旅行を終えて、このタトウのベース・キャンプに落ちついたら、何だかホッとして、日本へ便りを書いてみる気になった。グリーンランドも三年目になると、大分北極ずれがしたようである。
 日本から持ってきた機械も全部無事届いたので、二、三日このベース・キャンプで準備をととのえて、近く氷冠上二百四十マイルの奥地にある観測地点へ出かけることにしている。
 この氷冠というのは、大昔から降り積った雪が氷化したもので、面積が日本の六倍、氷の厚さが平均して二千二百メートルという、とんでもない大きい氷の大陸である。タトウのベース・キャンプから観測地点まで、見渡す限りの雪の原で、黒いものは何一つ見られない。その中を、二百四十マイルというと、東京から米原くらいまでの距離を、橇にゆられて行くわけである。
 昨年までは、スイングという大型の橇を使っていた。橇つきの車輛を、列車編成にして、重油のトラクターを機関車にして引っぱって行くものである。これだと最良の状態でまる三日間、普通は五日間くらいかかる。今年は雪上車が改良されて、二十四時間で行けることになった。多分明日出発するはずであるが、うまく行けばよいがと思っている。
 この観測地点は、日本の六倍もある雪の原の中で、人間が定着しているただ一つの地点である。もっとも今年の夏は、氷冠の南方に、フランスとスイスの探検隊がやって来ているが、その連中との連絡などは、思いもよらないことである。
 日本を出てから、わずか十日ばかりしか経っていないが、その間にも、世界にはいろいろなことが起こっている。二十日鼠を人工衛星にのせて打ち揚げるかと思うと、ベルリンでは最後通牒とか何とかいう話が出ている。北極の氷の浮島へ行った男からは、暑くて困るという手紙がくる。英国の学者からは、日英協同謀議をもちかけられる。太平洋戦争のベテランは、ギルバート島に隠棲したいという。全く世はさまざまの話がある。氷の下のテントの中で、そういう話を書いてみるのもまた面白かろう。

日英協同謀議

 ウッズホールで、六月三日から五日まで、三日間国際会議があったが、これは雲物理学のシンポジウムであった。米国内はもちろんのこと、英、仏、独、スイス、スウェーデン、カナダなどから、この方面の専門家が、ほとんど全部集まった。日本からは…

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