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![]() シカゴのきじ |
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作品ID | 59806 |
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著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社 1966(昭和41)年10月20日 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | 木下聡 |
公開 / 更新 | 2021-10-10 / 2021-09-27 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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今年のシカゴは、何十年ぶりとかの、雪の少ない年であった。おかげで芝生はもうすっかり緑の姿をとり戻し、新しい芝の芽が、春の光に生き生きと萌え出してきた。
天気の良い日が、毎日のようにつづく。この頃土曜や日曜の朝は、おそい朝食のあと、ぼんやりと食堂の窓から、朝の陽光に映えている芝生を眺めて、しばらくの時を過ごすことにしている。
芝生には、いろいろな小鳥や、野生の動物がやって来る。妻が時々パンの屑を芝生にまいてやるので、それを食べに来るのである。小鳥は、いろいろな種類が来るので、名前はとてもおぼえられない。けだものの方は、普通は木鼠であるが、昨日の朝などは、突然、野兎が一匹、ひょっくり顔を出して、小鳥たちの仲間に入って、パン屑を拾い出したのには、一寸驚いた。腹の方が白く、背中が褐色で、猫くらいの大きさの兎である。
こういう話をすると、よほど辺鄙なところと思われるかもしれないが、この辺のウィネツカという町は、シカゴとは町つづきで、東京でいったら、成城町くらいのところである。そういうところに、野生の兎がいたり、少し町はずれに出ると、林があって、雉子が、時々道路へ出て来て、自動車に轢かれることがあるそうである。先日妻が、グリンベイという、シカゴとその北部の住宅地帯とを結ぶ、一番賑かな通りで、雉子が轢かれて死んでいるのを見たと言っていた。新宿を一寸離れたさきの甲州街道、まず代田橋のあたりで、雉子が自動車に轢かれるような話なのである。
こういうふうに、野生動物が、都会の近くにも沢山棲んでいることが、アメリカの一つの特徴である。政府が野生動物の保護に熱心であり、一般の人々も生き物に対して親愛の情を持っていることが、一つの原因である。その点については、公園内の木鼠や雀の例で、既によく言われているとおりである。しかしその他に、今一つもっと大きい理由があるように、私には思われる。それは国が新しいということである。アメリカという国は、案外に新しい国なのである。
シカゴの街は、現在アメリカ第二の大都会で、日本でいえば、大阪に相当する街である。日本流に考えれば、少なくも四、五百年前から出来ていた街のように思われるかもしれないが、この街の歴史は、百年そこそこしかない。
アメリカが今日のような国の姿になったのは、カリフォルニア州に金鉱が発見されて、いわゆるゴールド・ラッシュの時代が来てからあとのことである。黄金の魔力にひかれて、今まで東部に住んでいた人達が、西部の沙漠地帯を越え、非常な辛酸を嘗めながら、われもわれもと、太平洋岸に殺到した。それがカリフォルニア州の開発をうながし、大西洋と太平洋とに跨がる国になったもとである。政治的には、独立戦争以来、今日の形になっていたわけであるが、実際には、ゴールド・ラッシュが、今日のアメリカの姿を作ったと言ってもいいくらいである。
シカゴは…