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ディズニーの人と作品
ディズニーのひととさくひん
作品ID59807
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出「週刊朝日」1955(昭和30)年1月
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2021-12-05 / 2021-11-27
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 ディズニーの風貌

 昭和三十年の話であるが、シカゴの近郊に住んでいたころ、ハリウッドの映画賞授賞式の模様をテレビで見たことがある。その時、ディズニーは四つの賞牌をもらった。
 広い豪華な会場が、映画関係の人たちでいっぱいになっている。半分以上は、美しいドレスを着飾った女優たちで、まるで花園のような風景である。その中で、いろいろな女優や男優の名前が、次々と呼び上げられる。そのつど、映画雑誌でおなじみの御当人が壇に上がって、賞牌を受けとる。そして何か一言挨拶をして、満場の会衆の喝采を浴びる、という段取りになっていた。
 ディズニーは、いろいろな賞を貰ったので、たびたび壇上へ呼び出され、そのつど喝采を博した。そして最後に、四つ目の賞牌に、ディズニーの名前が呼び上げられた時には、満場熱狂的な大喝采になった。
 その騒ぎの中を、ディズニーは、少々きまり悪げな足取りで、静かに壇上にあの長身を運び、四番目の賞牌を受け取った。そして会衆の方に向かって、はにかんだような微笑を見せながら、「ことしは私の引退の年でしょうか」と言った。いかにも嬉しそうであった。その大写しの顔は、なかなか端麗で、頭の髪はだいぶ薄くなっているが、まだ若い純情の詩人という面影があった。
 ディズニーの映画の底流には、彼独自の詩がある。彼の映画が、全世界の子供たちにはもちろんのこと、大人の人の心にも、純粋に溶け込んでいるのは、多分にこの詩情によるものと思われる。詩人としてのディズニーの片鱗を語る、ちょっと面白い挿話を、最近聞いた。今度この稿を書くについて、ディズニーと親交のある大映の永田雅一氏に、先日会った時の話である。
 ディズニーは非常に頭がよく、話の灸所をよく掴んで、ぐんぐん掘り下げていく型の人だそうである。そしてそういうところへくると、急に熱がはいってくる。ふだんはあまり煙草をのまないが、話に熱中すると、ときどきひょいと一本煙草をつまむことがある。しかしすぐには火をつけない。ぽつんと会話を打ち切って、黙って一、二分、じっと煙草を見つめている。その様子はいかにも、「今この煙草が口をきいたら、どんな言葉をしゃべるだろうか」といぶかっているように見えるそうである。
 この話はディズニーの人柄をよくとらえた話である。ディズニーはいつまでも童心を失わない型の人らしい。もちろん、芸術家とか詩人とかいわれる人たちは、誰でもこの型に属するものとみてよい。しかしディズニーには、とくにこの傾向が著しく、日常身辺の器物、煙草でも、コーヒー茶碗でも、鉛筆でも、すべてのものが、ときどき彼に話しかける。ちょうどどんぐりや、名もない草の赤い実が、宮沢賢治に話しかけたように。そういう意味で、シカゴで育った宮沢賢治とでもいったら、彼の人となりの一面が、よく表現されるであろう。ディズニーは、シカゴで高等学校の課程をおえ、そのあ…

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