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ハワイの雪
ハワイのゆき
作品ID59809
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出「西日本新聞」1955(昭和30)年9月
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2021-08-31 / 2021-07-27
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 常夏の国のハワイにも雪が降ることがあるというと、たいていの人は、冗談と思われるであろう。しかし本当に、一冬に四、五回は、雪の降るところがある。もちろん平地のことではなく、高山の頂の話である。
 ハワイというのは、本当はハワイ群島の略称であって、大小八つの島から成っている。ごく小さい島は除いての話である。そのうちのオアフ島にホノルルや真珠湾があって、そこが、ハワイの代表的なところになっている。しかし島の大きさからいったら、一番東の方にあるハワイ島が一番大きく、オアフ島の十倍近い広さである。
 このハワイ島には、マウナ・ロアとマウナ・ケアという二つの火山がある。いまは一寸休んでいるが、このマウナ・ロアは、時々熔岩を流し出すので、世界的に有名な火山である。二つとも非常に高い山で、ロアの方は一万三千七百フィート近く、ケアの方は一万三千八百フィートばかりある。両方とも高さはほとんど等しく、共に富士山より一千尺以上も高い山である。
 ところで冬になると、いくらハワイでも少しは気温が下がるので、これらの高山の頂上では、気温が零度以下になり、時々雪が降るのである。
 ハワイは一般的にいって、大気の清浄なところであるが、とくにこういう高山の頂へ行くと、空気は非常に綺麗になり、凝結核はほとんど無くなる。凝結核がないと、水蒸気はくっつく元がないので、水滴にはなれないのである。
 事実、この高山の頂上では、湯をわかしても、湯気は立たないそうである。普通鉄瓶の口などから立つ白い湯気は、水蒸気ではなく、非常に小さい水滴の集まりである。水蒸気は透明で眼には見えない気体である。この水蒸気が、大気中の核を中心にして凝縮し、小さい水滴になったものが即ち湯気である。それで凝結核のない空気中では、湯気は出来ない。そしてマウナ・ロアやケアの頂上では、本当に湯気が立たないのである。ところが、この頂上で湯を沸かしながら、その近所で、マッチを一本擦ると、急に白い湯気がもうもうと立つことが、以前から知られている。マッチを擦ったために、凝結核がたくさんできるからである。
 不思議なのは、そういう凝結核の無い、あるいは非常に少ないところで、雪が降ることである。雪の中心核は、他から運ばれるとしても、それが普通の雪の結晶に生長するには、たくさんの凝結核が要るらしいことが最近わかってきた。それでこういうところに降る雪は、よほど違った形になるものと予想される。
 マウナ・ロアの頂上で一冬越して、雪の顕微鏡写真を撮れば、問題は一ぺんに片付くのであるが、少し道楽気が過ぎるかもしれない。



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