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パーティ物語
パーティものがたり
作品ID59810
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日
初出「オール読物」1955(昭和30)年1月
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2021-11-10 / 2021-10-27
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 アメリカの脊骨をなしている中堅階級は、案外に健全な生活をしている。しかしそれは何も、そういう連中が皆朴念仁であるという意味ではない。皆結構生活を楽しんでいるのであるが、その楽しみ方が甚だ利口なのである。その話について、まず正月向きに、少し柔らかいところから始めよう。それはアメリカにも芸者がいるという話である。
 たいていの日本の奥さん方は、「アメリカには芸者がいない」という話をきいて、たいへん羨ましい国だと思っておられるらしい。しかしそれは間違いであって、アメリカにも、ちゃんと芸者はいるのである。もっとも、鑑札をもったそういう連中はいないが、もっとれっきとした同業の女性が、沢山いるのである。それは良家の奥さんたち御自身である。
 考えてみれば当然な話で、アメリカだって、野郎ばかり十人も集まって、一晩話をしていたら、どうしてもあたりが殺風景になる。綺麗な着物を着た女性が、少しちらちらしていてくれた方が、気分がなごんで来るところであるが、女権が強くて、人件費の高いアメリカでは、日本の芸者のような職業は生まれて来ない。それで普通は、奥さん方が、その役をつとめるわけである。野郎ばかりで酒を飲む場合もあり、それが男たちには一つの息抜きになっているのであるが、その方は話が少し高級になるので、まず一般のアメリカ人の生活の話から入ることにしよう。
 アメリカは、中産階級の幅が広いのであるが、それを少し乱暴に大別すると、夫婦共稼ぎの階級と、女房を家に遊ばせておく階級との二つになる。この後者の場合、奥さん方は、一応はまことに結構な御身分である。家の中は、これでもか、これでもか、とばかりに、便利重宝に出来ているし、たいてい通い女中がいるし、半日も片付けものをしたら、あとは仕事がない。羨ましい話であるが、これも一生となると、少々退屈するものらしい。
 御亭主の方はといえば、これはなかなかたいへんである。アメリカという国は、可怪しな国で、月給の多い男が、早く出勤する習慣になっている。ロックフェラー級の話は別として、会社なら社長や重役、役所なら所長や部長が、平職員よりも少し早めに出勤して、仕事も沢山するというのが、当り前のことになっている。
 それで女房を家に遊ばせておく階級では、亭主は、朝早くから出かけて、夕方まできちんと働かねばならない。毎日毎日のことであるから、芯のつかれる話である。ところで夕方家へ帰ってみても、家中塵一つ落ちていないように整理されている。一年中函をさしたように整頓された家に住み、自分の椅子に腰を下ろすと、目の前の棚には、寸分位置をたがえないで、五年前の夏休みに買ってきた壺が載っている。紙屑でも落ちていてくれれば、一寸拾って屑籠に入れることも出来るが、そういうこともない。
 まあこういった調子で、何一つ不自由のない生活ではあるが、十年もつづいたら、こういう生活も…

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