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小さな庭
ちいさなにわ
著者原 民喜
文字遣い新字旧仮名
底本 「原民喜全詩集」 岩波文庫、岩波書店
2015(平成27)年7月16日
初出「三田文学」三田文学会、1946(昭和21)年6月号
入力者村並秀昭
校正者竹井真
公開 / 更新2020-03-13 / 2020-03-28
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 暗い雨のふきつのる、あれはてた庭であつた。わたしは妻が死んだのを知つておどろき泣いてゐた。泣きさけぶ声で目がさめると、妻はかたはらにねむつてゐた。
 ……その夢から十日あまりして、ほんとに妻は死んでしまつた。庭にふりつのるまつくらの雨がいまはもう夢ではないのだ。


そら

 おまへは雨戸を少しあけておいてくれというた。おまへは空が見たかつたのだ。うごけないからだゆゑ朝の訪れが待ちどほしかつたのだ。




 もうこの部屋にはないはずのおまへの柩がふと仄暗い片隅にあるし、妖しい胸のときめきで目が覚めかけたが、あれは鼠のしわざ、たしか鼠のあばれた音だとうとうと思ふと、いつの間にやらおまへの柩もなくなつてゐて、ひんやりと閨の闇にかへつた。




 あかりを消せば褥の襟にまつはりついてゐる菊の花のかほり。昨夜も今夜もおなじ闇のなかの菊の花々。嘆きをこえ、夢をとだえ、ひたぶるにくひさがる菊の花のにほひ。わたしの身は闇のなかに置きわすれられて。


真冬

 草が茫々として、路が見え、空がたれさがる、……枯れた草が濛々として、白い路に、たれさがる空……。あの辺の景色が怕いのだとおまへは夜更におののきながら訴へた。おまへの眼のまへにはピンと音たてて割れさうな空気があつた。




 足のはうのシイツがたくれてゐるのが、蹠に厭な頼りない気持をつたへ、沼のどろべたを跣足で歩いてゐるやうだとおまへはいふ。沼のあたたかい枯葉がしづかに煙むつて、しづかに睡むつてゆくすべはないのか。




 うつくしい、うつくしい墓の夢。それはかつて旅をしたとき何処かでみた景色であつたが、こんなに心をなごますのは、この世の眺めではないらしい。たとへば白い霧も嘆きではなく、しづかにふりそそぐ月の光も、まばらな木々を浮彫にして、青い石碑には薔薇の花。おまへの墓はどこにあるのか、立ち去りかねて眺めやれば、ここらあたりがすべて墓なのだ。


ながあめ

 ながあめのあけくれに、わたしはまだたしかあの家のなかで、おまへのことを考へてくらしてゐるらしい。おまへもわたしもうつうつと仄昏い家のなかにとぢこめられたまま。


岐阜提灯

 秋の七草をあしらつた淡い模様に、蝋燭の灯はふるへながら呼吸づいてゐた。ふるへながら、とぼしくなつた焔は底の方に沈んで行つたが、今にも消えうせさうになりながら、またぽつと明るくなり、それからヂリヂリと曇つて行くのだつた。……はじめ岐阜提灯のあかりを悦んでゐた妻はだんだん憂鬱になつて行つた。あかりが消えてしまふと、宵闇の中にぼんやりと白いものが残つた。


朝の歌

 雨戸をあけると、待ちかねてゐた箱のカナリヤが動きまはつた。縁側に朝の日がさし、それが露に濡れた青い菜つぱと小鳥の黄色い胸毛に透きとほり、箱の底に敷いてやる新聞紙も清潔だつた。さうして妻は清々しい朝の…

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