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手なしむすめ
てなしむすめ |
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作品ID | 59840 |
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著者 | グリム ヴィルヘルム・カール Ⓦ / グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール Ⓦ |
翻訳者 | 矢崎 源九郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「グリム童話集(1)」 偕成社文庫、偕成社 1980(昭和55)年6月 |
入力者 | sogo |
校正者 | チエコ |
公開 / 更新 | 2021-12-16 / 2023-09-06 |
長さの目安 | 約 16 ページ(500字/頁で計算) |
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ある粉ひきの男が、だんだん貧乏になりました。そして、とうとうしまいには、粉ひきの水車と、そのうしろにはえている一本の大きなリンゴの木のほかには、なにひとつないようになってしまいました。
あるとき、粉ひきが森にはいって、たきぎをとっていますと、見かけたことのない、ひとりのおじいさんが粉ひきのところへやってきて、
「おまえは、なんでそんなにほねをおって木を切っているのだね。おまえが、水車のうしろに立っているものをわしにくれると約束すれば、わしはおまえを金持ちにしてやろう。」
と、いいました。
(それは、あのリンゴの木のことにちがいない。)
粉ひきはこう考えましたので、
「いいですよ。」
と、こたえて、その知らない男に証文を書きました。
すると、その男はあざけるようにわらいながら、
「三年たったら、またきて、わしのものをもっていくぞ。」
と、いって、それなりどこかへいってしまいました。
粉ひきがうちへかえってきますと、おかみさんがむかえにでて、いいました。
「どうしたんだろうねえ、親方。いったいどこから、お金がだしぬけにうちんなかへはいってきたんだろうねえ? そこらじゅうの箱が、きゅうに、みんなお金でいっぱいになってしまったじゃないか。だれももってきたわけじゃなし。どうしたわけなんだか、あたしにゃさっぱりわからないよ。」
すると、粉ひきはこたえていいました。
「そりゃあ、森のなかでおれがであった、どこかの男のやったことさ。なにしろ、そいつはおれに宝ものをうんとくれるって約束をしたんだからな。そのかわり、おれは水車のうしろに立ってるものをやるって証文を書いたんだ。あの大きいリンゴの木なら、やったってかまやしないさ。」
「まあ、おまえさん。」
と、おかみさんはぎょっとしていいました。
「それは悪魔だよ。そいつのいうのはリンゴの木じゃなくて、うちのむすめのことなんだよ。あの子はちょうど水車のうしろに立って、庭をはいていたんだもの。」
その粉ひきのむすめというのは、まことに美しい、信心ぶかい子でした。むすめは、それからの三年間というものは、神さまをうやまい、おこないをつつしんでくらしました。
いよいよ、約束した期限がきれて、悪魔がむすめをつれていく日がきました。むすめはからだをきれいにあらって、チョークでじぶんのまわりにひとすじの輪をかきました。
悪魔は、はやばやとやってはきましたが、むすめに近よることはできませんでした。悪魔は腹をたてて、粉ひきにいいました。
「むすめから水をみんなとりあげちまって、からだをあらえないようにしろ。でなきゃ、おれはむすめをどうすることもできないじゃないか。」
粉ひきは、おそろしいものですから、いわれるとおりにしました。
あくる朝、悪魔がまたやってきました。けれども、むすめは両手を顔にあてて泣いていましたので、その手は涙…