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ロンリー・マン
ロンリー・マン |
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作品ID | 59858 |
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著者 | 山川 方夫 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選」 創元推理文庫、東京創元社 2015(平成27)年9月30日 |
初出 | 「宝石」1960(昭和35)年10月号 |
入力者 | かな とよみ |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2020-12-09 / 2020-11-27 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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私は汗を拭いた。いくら拭いても汗がながれてくる。部屋はひどくむし暑かった。
電灯がぼんやりと意識の隅で光っていた。
私は放心にちかい状態にいたのだったかもしれない。脚だけが小止みなく動いていた。目は絨毯だけをみつめ、だが、私はそこに何の考えも眺めていたのではなかった。……私は、せまい部屋の中を、さっきから歩きつづけていたのだ。
せまいとはいっても、ここは私の城だ。ポケットの上から部屋の鍵をたたいて、なんとなく私は心が落着くような気がした。
扉と窓さえちゃんと閉めておけば、厚い壁にさえぎられて、このアパートは隣りの物音ひとつ、声ひとつとどいてはこない。
だから、私はこの部屋はとても気に入っているのだ。うるさいところでは、仕事なんかできない。仕事をするのに、そうぞうしさは禁物だ。そいつだけは、どうしたっておれは許すことができない……
急に、私は自分がひどく疲れているのに気づいた。喉がかわいていた。
妻はベッドにいた。私は台所に行き、水を飲んだ。それから、机の抽出しをあけ、チョコレートを出してかじった。ベッドに腰をかけた。
――そうだ、君だけがおれの友だちだ。銀紙のめくれたチョコレートの板をみつめて、私はいった。ふと、自分のその声が、私を現実につれもどした。
――いけねえ! 私は舌を出した。忘れていた。どうしてそいつを忘れていたんだろう。いや、忘れることができていたんだろう。
手帖をみるまでもなかった。O氏がこのアパートにやってくるのは、明日の午前十時だった。O氏の、眼鏡の下でよく光る意地のわるそうな目がうかんでくる。私は、どうしても、それまでにそいつを片づけてしまわねばならないのだ。……ああ。
時間は今夜だけしかない。でも焦ってはならないのだ。よし、まず考えよう。
習慣どおり、私はベッドに仰向けに横になった。サイドテーブルに四枚のチョコレートと灰皿とを置く。アイデアはいつもこうして思いつくので、近ごろでは、こういう姿勢にならないと考えがまとめられない。
妻のからだが邪魔になった。が、私は我慢して天井を穴のあくほどみつめた。チョコレートと煙草を、交互に口にはこぶ。
要するに、問題は屍体の処理方法だ、と私は思った。もう、殺すところまでは行ってしまっている。屍体には、あきらかに他殺のやりかたで、紐が首に巻きつけてあるのだ。こいつは、ここまでは何のトリックもない、いわゆる、「発作的兇行」というやつ。
そう、つまり「発作的兇行」のあと、いかにして屍体を湮滅してしまうか――それにこの場合は焦点がしぼられているのだ。屍体を湮滅するすばらしいアイデア、それさえ考えればO・Kなんじゃないか。
そういえば、いつかのデモ事件の犠牲者は、あきらかに他殺だったな、と私は考えた、扼殺とも圧死ともとれる屍体。
でもあんな群衆のどまんなかで、だれ一人、殺し…