えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

楽天Kobo表紙検索

カナリヤと少女
カナリヤとしょうじょ
作品ID59863
著者山川 方夫
文字遣い新字新仮名
底本 「山川方夫全集 4 愛のごとく」 筑摩書房
2000(平成12)年5月10日
初出「中部日本新聞(夕刊) 第7446号」1963(昭和38)年3月12日
入力者かな とよみ
校正者toko
公開 / 更新2026-02-25 / 2026-02-22
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

広告

えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応の無料縦書きリーダーです ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

広告

本文より

 少女は目が大きく、すこし茶色がかった髪の色が、その色白の頬によく似合っていた。だが彼女は、いつもその大きな目で、必死に食い入るようにまじまじと相手を見る癖があった。不幸なことに、彼女は生まれつき耳が聞こえず、また、唖であった。

 その町は港で、遠洋に出漁する漁船たちの根拠地の一つだった。彼女は町の、海岸に近い小さな食堂につとめていた。
 一羽のカナリヤが、彼女のただ一つのペットだった。小鳥は、夜は食堂の屋根裏――そこが彼女の部屋なのだが――に吊られた籠の中に、昼は彼女の肩の上に、いつもおとなしくとまっていた。そして、ときどき、口のきけない彼女の代りをするみたいに、たからかな澄んだ囀りの音を聞かせた。
 ある春の日、全身からまだ海の香りがぷんぷんする若者が店に入ってきた。と、ふいに少女の肩のカナリヤが、その若者の肩にのった。若者と少女の目が出会って、次の瞬間には、どちらからともなく二人は笑っていた。
 若者は、それから毎日のように店に通ってきた。ときにはカナリヤの餌をもって。
 やがて、彼を迎える少女の目に、はじらいとよろこびにみちた特別なかがやきが宿りはじめ、そんな少女の心を語るように、彼女以外のだれにも慣れなかったカナリヤが、しきりに彼の頬に翅をすりつけるようになった。……いつのまにか、少女は、若者へのはげしい恋におちてしまっていた。だが、彼女は目だけでしかその心を語りかけることができなかった。

 春が過ぎた。若者はまた遠い海に出発しなければならなかった。陸ですごすべき彼の日々は、あまりに短かった。
 明朝出港するという夜、少女は若者が店にくると、その前に立って、まばたきもせず彼の目をみつめた。
 帰ってきて。かならず。そして私といっしょになって。おねがい。
 少女は、全身の思いをその目にこめ、必死にそう訴えつづけた。おねがい。約束して。
 若者はすこしうろたえたような顔になって、だが、笑いながら二、三度首をたてに振った。彼は、ただ、無事でね、とはげまされたのだとだけ解釈したのだった。
 ほんと? ほんとなのね?
 若者は、やさしく少女の肩をたたいた。少女は顔を真赤にして、その手をとり、指切りのかたちに二人の小指をむすんだ。つよく振った。若者は、またうなずいてみせた。
 少女は目をつぶった。幸福が胸をみたしていた。もう、目で会話する必要はなかった。彼は彼女であり、彼女は彼であった。二人は一つだった。……少女は、それを信じた。
 カナリヤが、その二人の肩を往復して、祝福するように美しい声で啼きつづけた。

 若者の乗った船の遭難は、それから二ヵ月の後であった。洋上の嵐は大きかった。十日ほどして、他の船が、かなりはなれた海上で彼の船の船具の破片を発見した。
 少女は、ぼんやりと浜辺に立ち、海をみつめている夜が多くなった。そのまま朝を迎えてしまうこともあっ…

えあ草紙で読む
find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2026 Sato Kazuhiko