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瀬戸内の小魚たち
せとうちのこざかなたち
作品ID59874
著者壺井 栄
文字遣い新字新仮名
底本 「「あまカラ」抄1」 冨山房百科文庫、冨山房
1995(平成7)年11月13日
初出「あまカラ 3月号 第一五一号」甘辛社、1964(昭和39)年3月5日
入力者砂場清隆
校正者芝裕久
公開 / 更新2019-08-05 / 2019-07-30
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この一月の末に、足かけ四年ぶりに郷里の小豆島へ帰った。大して目的はなく、もしかしたら持病になりつつあるぜんそくが癒るかもしれないと聞かされての、急な思いつきだったのだが、帰ってみると顔を合せるほどの人がみんな聞く。
「どんなご用で。どうしに? いつまで?」
 実はぜんそく云々ともいえず、墓参りに戻ってきたのですといっても、これまでがなにか用事にかこつけてしか帰っていないものだから、そんな信心者とも信じられない顔をされる。そこで思いつきを言ってみた。
「今生の思い出に、おいしい小魚をたべに帰ってきました」
 宿屋さんはさっそく魚の鍋をととのえてくれた。メバル、チヌ、タナゴなど二つか三つ切りにした季節の小魚を、両手を廻したほどの大皿に山盛りしてある。もちろん野菜と一しょにぽん酢でたべる。身のはぜかえるほど新しい魚はいくら食べても飽きず、一座五人ともとうとうその夕食はご飯ぬきになった。おまけにさしみも煮魚もついているのだから、米つぶの入る余地があろうはずがない。たんのうして床についたものだが、横になってからも、まるで友だちの噂をするように魚の思い出話がつきない。
「この前きた時の鰯のおつくりもうまかったわね」
 と私がいうと、
「そうそう。鯛のおさしみよりもあれのほうがうまかった」
 と姉が応じる。その時はちょっとした席がもうけられていて、型どおりの料理が運ばれたのであったが、その料理以外に私のそばへそっと、舟型のかなり大きな皿が運ばれてきて、宿の女中さんは笑いながら、
「こんなの、なつかしいでしょう。よろしかったら」
 と姉との間に置いてくれた。みると鰯のつくりが山と盛られている。しょうが醤油でたべるのだ。うれしかった。私だけは小さい時から、これで育った。まず男の子なら鰯網を曳きにいく。その労働の代償にもらってきたのを、おつくりにしたり、煮つけたり、無塩の味噌汁に仕立てたり、大漁の時は煎り納屋でいってもらって(ざるにいれたまま熱湯をくぐらせる)煮干にする。小豆島の煮干は主にだしをとる種類のものだが、ぐっと小ぶりなのは煮干にしたのを下ろし大根と一しょに食べたりもする。私のうちではこれをフライパンで軽く煎って熱いうちに少量の醤油をかけてたべるのを好む。ビールのつまみに出すと、大ていのお客さまがほめて下さり、なかにはお代りを催促したりする。夏場など軽井沢の山の中でこれはひどく重宝でわが家の自慢料理の一つになっている。大きいほうはこれまたソーメンのだしのもとになり、欠かすことができない存在である。
 大体瀬戸内の小魚は味がこまかくてうまいというのは定評だが、どうも小さいほどそれがはなはだしいように思う。小鰺だの、※[#「魚+監」、U+29F33、143-9]だの、「おせんころし」という鯛のような形をした、せいぜい五、六センチほどの小魚などは、いちいち料理する手間が惜し…

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