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乳と蜜の流れる地
ちちとみつのながれるち
著者笠 信太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「「あまカラ」抄2」 冨山房百科文庫、冨山房
1995(平成7)年12月6日
初出「あまカラ 新年号 第一三七号」甘辛社、1963(昭和38)年1月5日
入力者砂場清隆
校正者芝裕久
公開 / 更新2019-12-04 / 2019-11-24
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は、晴れた日の青い海を見ると、なんとなく食慾をそそられるような思いがする。これは今に始まったことではないが、どうしてそうなんだろうと考えてみると、それはサカナ屋の店先などを通るときに、鯖や鮪や鰯などが、水をぶっかけられて青い背中をいきいきと光らせているのを見て、あれはいかにもうまそうだと自分の眼を光らせるその瞬間、その青い色が、どうやら深海の色で染まってきたのではないかというような錯覚をもつことがあって、どうもその連想が、海の青い色をみるときに出てくるのではないか。こんなふうに、私は自分で理窟づけたことがある。
 食慾だから、いろいろのものに付きまとわなければならぬはずだが、こんにゃくのような色を見ても、そう食慾は起きないし、また私は甘党でもあるのに、着色したものだと思うせいか、菓子のようなきれいな色だけでは、それほど胃の腑を刺戟されることもない。何かみずみずしく、生き生きしていて、動いているようなところが、この慾を腹の底からおびき出してくるのには必要なもののようである。というよりは、食物として、やはり相当に普遍的で、かつ根元的なものでないと、そんな強い作用をしないのだろうと思う。そうすると、サカナの好きな日本人、ことに私のような食いしんぼうには、そのサカナを無限に蔵しているばかりでなく、無限に生み出す力をもっているあの青い大きな海、何もかもがその色に染まってしまいそうな深い群青の海、そして潮の匂いがすぐにみずみずしい藻を連想させたり、それ自体が塩っぱい味を運んでくる潮風を吸い込んだりするときに、私が空腹感を感ずるというのは、むしろ自然ではなかろうかと思う次第である。
 こうして青い海が、あのぴちぴちした魚を生むのだという幻想は、いまもって私から消えないのである。
 ところで、ヨーロッパの国々の人たちが、私たちほどにはサカナに興味をもっていないことは確かにちがいない。スイスにはたくさんの湖があちこちにあるが、あまり釣をしている人を見かけない。むろん皆無であるはずはない。チューリッヒの湖を前にしているあの大きな橋の上で、長い糸を垂れている一人二人を私も見かけたことがある。それでは湖にはサカナはいないのかというと、そうではないのだから、少し不思議である。私は、湖畔のホテルなどに泊まると、よく散歩をして、岸の上から必ず水をのぞき込んだ。ロザンヌでも、ニュー・シャーテルでも、ルツェルンでも、トゥーンでも、そのおぼえがある。どこでも、小さなサカナが泳いでいて、それが岸近くに寄ってくる。大きいのは、時には落ち鮎ぐらいのが、チラッと姿を見せることがあるし、たいていは人指しゆびくらいの魚が、岸近くを群れを作って泳いでいる。それはワカサギのようでもあるが、実はそれが何であるかをその都度つきとめることを忘れてきた。ところで水の中をのぞき込む私は、ああいう山国でサカナに渇えて…

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