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ブイヨン・ドンゾール
ブイヨン・ドンゾール
作品ID59878
副題――十一時の肉の煮出し――
――じゅういちじのにくのにだし――
著者滝沢 敬一
文字遣い新字新仮名
底本 「「あまカラ」抄2」 冨山房百科文庫、冨山房
1995(平成7)年12月6日
初出「あまカラ 4月号 第一五二号」甘辛社、1964(昭和39)年4月5日
入力者砂場清隆
校正者芝裕久
公開 / 更新2020-02-26 / 2020-01-24
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昔々もその昔、妹が赤十字病院にはいっていた時分、外来の見舞客には特別の食堂があり、切符で注文すれば同じ値段で洋食か和食があり、こっちのほうがおいしかったのを思い出す。
 フランスの病院では食事などできる制度は全くない。大学病院の訪問時間は、病人の世話がやけず、一ばん医者や看護婦の邪魔にならない正午から午後三時までに限られる。もっとも産科では昼間働いていて、そんな暇のないあわれな亭主にだけ六時半から一時間訪問を許すことになったのは、ごく近年のことで、これを公立病院の「人道化」と呼んだ。
 入院料は恐ろしく値上げされて、よいホテル並だが、食事はいかにもまずい。外科と並んで入院料の一番高い産科では、栄養補給のためだろう、ビフテキの一コースがエキストラにつくといっても、チャップリンの映画にあった靴底の皮よりは、だいぶましと思われる程度だ。
 パリにある一私立外科病院では、食物もぜいたくで、食事も立派なレストランのように、ア・ラ・カルトの一品よりができるときいていたが、ここでは一日の入院料が七、八千円する。リオンでも、私立のサント・マルグリット産科院では、同じ待遇だという。費用は同種の病院より高くはないのに、料理人の腕がさえている。赤ちゃんブームの昨今、半年も前からちゃんと予約しておかないと室はとれず、いつでも引き受ける大学病院へころがり込むことになる。私立では訪問時間に文句がつかず、医学生の手習草紙にもされないからうれしい。

        *

 私は病気の問屋であり、一年に十一カ月はくすりびんに親しんだ学生時代でも、病院のご厄介になるほどのことは一度もなかった。しかし外国の病院は、戦後の名薬がまだ出現しない時代に、印度とトルコで経験したことがある。
 孟買市のは英国系で、ジェネラル・ホスピタルと呼んだ。印度パーシー族の大病院もあり、英語も充分に通用はしたのだが、何を食わされるのかもわからず、どうも信用がおけなかった。入院前にみてもらったのも軍医で、診察料はと尋ねたらば、いきなり月収はいくらありますかときく。英国では現今の保障制度になる前、金持にたくさん払わせ、貧乏人からはあまり金をとらないジェントルマン式であったのだ。ジャクソン大佐院長は、毎朝顔を合わせるとただ一言「ハウ・アー・ユー?」としかあいさつしない。
 アメーバ赤痢で血便が一日に三十回もあったときで、灌腸と牛乳責めが日課だった。いくら牛乳のすきな私でも、一昼夜に大茶碗で八回ものまされるのは大閉口した。冷たいの暖めたの、コーヒーや茶をまぜたのがある。甘かったりさとうを抜いたり(辛いのはなかった)、いや応なしにのまされると、胸がむかむかしてきた。その牛乳も、フランスのようなうまいのではない。土人が下宿に売りにくるバターを見ても、白い脂のかたまりに黄色い粉をまぜ、へらでかきまぜ、ねっていたようなお国柄だ。…

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