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黄金薔薇
おうごんばら
原題The Golden Rose
著者ホワイト フレッド・M
翻訳者奥 増夫
文字遣い新字新仮名
初出1913
入力者奥増夫
校正者
公開 / 更新2019-06-17 / 2019-06-07
長さの目安約 251 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

第一章 育種家
 ジョン・レスブリッジの眼の前には、様々な色が点々と踊っていた。中はとても暑かったので汗が額に噴き出し、黒髪も濡れてべったり。鉢から顔を上げ、やっと腰を伸ばした。長いこと作業して、我慢できなかった。
 温度計を見れば、ほぼ摂氏四〇度を差している。外も同じぐらい暑い。というのも雷雨が南から来て、むしむしする暗夜だったからだ。
 小温室の明かり数灯を高段に移したが、温度は変わらない。換気口の新品綿網すら、通風を妨害しているような気がする。
 どの棚の花々も華麗、蒸し暑い環境で咲き誇り、生き生きしているのは、ガラス温室ならではだ。でも、レスブリッジの関心はこれらの花じゃなく、足元の浅底苗床にあった。苗床の上部は細長い筒になっており、中に電球が煌々と輝いているため、新緑の葉っぱが暗紫色に見える。
 種類ごとに区分けされ、芽生え直後のものから、群葉して開花前のものまであった。すべてナデシコ科で、いずれカーネーションが咲きそろう。中でも大ぶりにかがみ込み、慈しまんばかり。膨らみ始めたつぼみを、らくだの刷毛でやさしくなでて、つぶやいた。
「どんな花が咲くかなあ。人生の盛りをこんなばくちに三年も費やすなんて。競馬とか株じゃなく、花に賭けているんだから。またしても失敗か、はたまた何千ポンドの花を開発寸前か。来週わかる。とにかく今夜は終業だ。ああ神様、この小さな花には、どんな希望やら恐怖やら、歓喜やら悲嘆が待っていることか」
 ニヤリ笑って立ち上がり、無意識に片手をポケットに突っ込み、タバコを探った。はっとして苦笑い、そうだ、ナデシコ新種が出現するまで吸わないと決めたっけ。別に美徳じゃなく、必要に迫られてのこと。というのも蟄居し、家賃を払い、残金五ポンドの身では慎重にならざるを得ないからだ。
 まさにそんな状況だった。かつて学生時代には、高収入、円満家庭を夢見たこともあった。
 スポーツや政治、恋愛すら無関心じゃなかった。平凡な英国人そのものであり、伝統に倣い、まっとうで幸せな人生を送るはずだった。ただ度の過ぎた芸術家肌で、型に収まらなかった。何事も美が基本であり、ほかに欲望を満たすものがなかったので、花々に関心が向いた。花こそ琴線に触れ、これ以上甘美なものはない。
 たった一人の親戚である叔父も似た者で、この人と暮らし、順調にいけば、資産を相続するはずだった。
 叔父のジャスパーペインも凝り性だった。大好きな花々の名前や性質を教えてくれて、幼い子供時分、字も読めない頃から、園芸家しか知らない花の名前を口走った。ベッカムホールにある広大なガラス温室内で、長い時間を一緒に過ごした。美しい交配種の幾つかにはジャスパーの名が付いていた。
 当時、叔父が何をしていたのか分からないし、尋ねようもなかったし、いずれ自分のものになるはずだった。
 ところが、叔父はとんでもない…

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