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雑居家族
ざっきょかぞく |
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作品ID | 59897 |
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著者 | 壺井 栄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「雑居家族」 毎日新聞社 1999(平成11)年10月10日 |
初出 | 「毎日新聞」1955(昭和30)年3月25日~8月15日 |
入力者 | 芝裕久 |
校正者 | koharubiyori |
公開 / 更新 | 2023-08-05 / 2023-08-05 |
長さの目安 | 約 286 ページ(500字/頁で計算) |
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序章
この家のあるじは――といっても、同じ部屋の下に住む六人のあるじのうち、この場合は女房の安江のことになるが、彼女は腹が立ったときと、うれしいときとに花を買うという妙なくせがある。
ぷいと家を出ていって、ゆきあたりばったり、いろんな花を買いこんでくるとき、それは腹を立てている証拠であった。金があってもなくても、ないときには花屋で借金してでも、とにかく花をかかえてもどらんことにはおさまらないらしい。そんなとき、買ってきた花は湯殿のバケツに投げこんでおく。すると翌日あたり娘の音枝がにやにやしながら跡始末をする。たとえば、一番上等のバラの花は、こいつは母親の立腹がもっとも集中されているものと察して、安江から目の遠い台所の出窓におくとか、ミモザとカーネーションは組合して玄関のゲタ箱の上に、ねこやなぎと菜の花は水盤にいれて応接間の窓べりに、そして一ばん目立たぬスミレの花束だけを小さなコップにいれて、安江の部屋の机の上におく。といった具合に気を配るのである。こんな日には、ふたが割れたために用をなさなくなった味噌つぼが、チュウリップのいれものになって、茶の間のたんすの上にのっかったり、時には豪勢なアマリリスが広縁のすみに、くず籠の臨時花器と一しょにはずかしそうに顔赤らめてお互いにそっぽを向いていたりする。家中どっちを向いても花だらけ、いくら花ずきの安江でも少々てれる。
こんな風景をみると、この家のあるじ――こん度は亭主の文吉の方だが――は、さわらぬ神にたたりなしと、そっとしておく。小さいむすこの夏樹や大きい息子の冬太郎たちも、ああそうかと、口には出さずにだまっている。もひとりいる進君、これは間借人だから大して問題にせぬ。そんな中で、娘の音枝ひとりが大口あけて大活躍だった。その方が効果的であることを、経験が教えたのであろう。
「バカね、おかあさん、おとなりへもお向いへもあげたわよ。」
「…………」
「おかあさんのお道楽ですかって。――でもさ、男はこんなとき一ぱいのむのね。おかあさん、一ぱいのんだと思えばいいって。」
(おとなりの奥さんだろう)
と、安江の口をわらせたら音枝の勝利である。これで一段落だった。おかあさんとよばれる安江が一ぱいのんだとして許されるのは、彼女が普通の主婦でなく、小説書きであるからだ。そしておもに彼女が腹を立てるのは、小説書きが万能の神的扱いをされるときである。彼女に彼女の仕事だけをさせておく場合、彼女は前だれがけのまま、時々、
「散歩。」
といって出かけてゆく。あとをつければ必ず花屋の前に立つ。都会の花屋の飾窓の中は寒中でも春たけなわである。やがて彼女はつつましく桃の花など買って帰る。
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柳の糸
ひな段は九歳になる男の子の机の上だ。内裏さまは子供雑誌のふろくの、五人ばやしまでがそろっている厚紙の模型ひな段をそっくりそのま…