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おんな
作品ID59901
著者久坂 葉子
文字遣い新字新仮名
底本 「幾度目かの最期」 講談社文芸文庫、講談社
2005(平成17)年12月10日
入力者kompass
校正者The Creative CAT
公開 / 更新2020-12-31 / 2020-11-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 女は五通の手紙を書き、それ/″\白い角封筒に丁寧におさめた。内容は悉く同じものであった。封をしてから、女は裏に自分の名前を書いた。それから五つの表書をしばらく思案していたが、やがて、ペンの音をさせて性急に五種類の名前を書きはじめた。
 夕闇が女の部屋にある水仙の白さを浮きたたせた。女は黒革のハンドバッグに五通の手紙をしまいこんだ。

 春の朝は、かんばしいかおりと明るい色彩をたずさえて女の寝床近くへ訪れた。
 午前十時に女は家を出た。女は着物をきていた。黒地に寿ちらしのお召しであり、西陣の帯を結んでいた。
 川のほとりの住宅街の垣根にばらが咲いていた。人通りはなかった。女は真紅の花びらを一枚盗んで白い指先でもみくしゃにした。女の指先はうすらあかくそまった。女はその仕草を子供のようにたのしんだ。
 赤煉瓦の煙突とすりガラスの家がみえた。女は門にある呼鈴を押した。奥に人かげがみえた。女はいそいでハンドバッグを開け、五通の手紙の一番手まえのを取り出すと、郵便ポストに放りこんだ。
 下駄の音がして女中らしい人が門をあけた。
 女はにこやかに御辞儀をした。
「誰方さまで」
 女中はいんぎんに女に問うた。
「阿難」
 女は自分の名前を勝手にアナンと呼び、人に呼ばせてもいた。
「奥様唯今、御留守でございます」
 女は黙ってふたたび頭をさげて立ち去った。
 女中はその後姿をみえなくなる迄見送っていた。女は道をまがる時くすりと笑った。太陽がすこしまぶしかった。

 女は貧民街を歩いていた。真白いたびに、ぬかるみの汚点が二三カ所ついた。女は別に気にしなかった。
 バラック建ての家の前へ来た。女は、ごめんくださいましと声をかけた。二階のガラス戸があき、やせた手が、そしてほつれ髪の女の瞳が見降ろされた。女は片手を膝まで届かせて長い御辞儀をした。
「阿難でございます」
 女は静かにうなじをあげて二階へ声をかけた。二階の女は無愛想に用件を尋ねた。女は例の角封筒を出した。
「御よみ下さいませ、阿難からでございます」
 女はそれを指先にはさみ、肘まで白い腕を出して軽く高いところでゆすった。二階の女が階下へ降りて来た時、格子戸にその白い角封筒がはさまれてあった。既に阿難といった女の姿はみえなかった。

 女は骨董商を訪れた。太った主人は愛想よく女をむかえいれ茶を出した。女は品物の二つ三つを棚から取り出して机の上で静かにめでた。磁州の皿を女は何度もなでた。支那の小刀の鞘をはらって、しばらくその刃に面をうつしていた。女は主人に云った。
「この小刀、よく此処へ御みえになる白髪の方に御渡し下さいませ、この手紙と」
 女は代価を支払った。主人はおかしな顔付で女をみていた。女は朗かに笑うと、角封筒を机の上にまっすぐに置いて出て行った。

 女はにぎやかな小学校の校庭へあらわれた。遊び時間中であった。女…

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