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鋏と布と型
はさみとぬのとかたち
作品ID59902
著者久坂 葉子
文字遣い新字新仮名
底本 「幾度目かの最期」 講談社文芸文庫、講談社
2005(平成17)年12月10日
入力者kompass
校正者The Creative CAT
公開 / 更新2020-03-27 / 2020-02-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

マネキン人形
谷川諏訪子

机、テーブル、椅子、など散在、中央より、上手に、ボディー、着尺、散在、奥まったところに、マネキン人形、布をまとって、ポーズしている。(註、マネキンは、メーキャップ及び、動作を非人間的に。言葉はそのまま)中央に、大きな姿見一つ。

奇怪なる音楽。



奇怪なる音楽つづく。マネキン、動きはじめる。奇怪なる音楽、静止と共に、マネキンも静止。左手より、諏訪子の声。

声 まあ、ボタンがかからないのですって、それは、あなたがおふとりになったからですわ。私の裁断に限って誤りはございませんもの、失礼いたしました。でも本当なんですもの、私の腕はたしかですわ。狂っちゃいません。決して、ええ、何事にでもですわ。誤算なんて飛んでもない。

諏訪子登場

諏訪子 望月様の奥様。あきれたお方だわ。御自分がおふとりになったのに。御自分が、御洋服にあわないようにおなりになったのに、一体、それがどうして私の責任なんでしょう。二十三インチのウエストが二十五インチにおなりになったのは、牛乳と卵を召上りすぎたせいなんだわ。

椅子に腰かけて、机の上の鋏をもてあそぶ。

諏訪子 考えてもごらんなさい。私が十年間、ただの一度だって、失敗をやって? デザイナー谷川諏訪子が、寸法のはかりちがいを、冗談じゃない。仮縫だって、見事なもんだわ、あーあ、まちがいなんて、この私に、あろう筈はございませんよ。
マネキン そう。
諏訪子 えっ。
マネキン いいえ、本当にそうなの。
諏訪子 何ですって。
マネキン 本当にそうおっしゃれるわけなの。
諏訪子 何が、ああ、私の腕。
マネキン あなたの腕。
諏訪子 ええ、腕。
マネキン 眼も。
諏訪子 そう、眼も。
マネキン 計算も、あなたの計算。
諏訪子 計算も、勿論ですわ。
マネキン 二十三インチは二十三インチね。
諏訪子 はかりは正確。
マネキン はかられるものがかわらない限りね。
諏訪子 当然だわ、はかられるものがかわれば、これは、仕方がないことよ。望月さんのスーツのようにね。
マネキン そう。じゃ望月さんは太らないと思ってたわけ。
諏訪子 ええ、何ですって。
マネキン いえ、望月さんは、永久に二十三インチのウエストだというわけ。
諏訪子 誰がそんなこと云って。
マネキン 誰も云わない。云わないけど、誰かそう思いこんでいる。
諏訪子 誰がそんなこと思って?
マネキン あなた自身がよ。
諏訪子 どうして?
マネキン そうじゃないの、太ることを計算にはいれてなかった筈よ。
諏訪子 えっ、えー、そりゃそう。だって、仮縫から仕上げまで一週間よ。一週間で、太ったりちぢんだり、それは勝手すぎてよ。
マネキン 勝手すぎるって何が勝手すぎるの。
諏訪子 望月さんがよ。
マネキン 望月さんが。
諏訪子 いえ、望月さんのウエストが。
マネキン 望月さんのウ…

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