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写況雑記
しゃきょうざっき
作品ID59938
著者永井 荷風
文字遣い新字新仮名
底本 「麻布襍記 ――附・自選荷風百句」 中公文庫、中央公論新社
2018(平成30)年7月25日
初出目黒「明星 第一卷第一號」1921(大正10)年11月1日<br>夜帰る「明星 第一卷第二號」1921(大正10)年12月1日<br>冬至「明星 第一卷第二號」1921(大正10)年12月1日<br>落葉「明星 第一卷第三號」1922(大正11)年1月1日
入力者きりんの手紙
校正者砂場清隆
公開 / 更新2021-01-18 / 2020-12-27
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

目黒

 前の日も、其のまた前の日も雨であった。ただの雨ではない。あらし模様の雨である。ざっと降っかけては止み、止んではまた降掛けて来る雨である。雨がやむと雲の間から青々とした空が見えて日がさす。夏の盛りに劣らぬ強い日である。啼きやんだ蝉はその度に一斉に鳴きだす。庭も家の内も共に湯気で蒸された浴室のようである。
 九月初旬。二百十日を過ごして二百二十日を待ち構える頃の或日の午後である。下渋谷に住んでいる友人が愛児を失ったという報知に接してA君と二人して弔辞を述べに行った。
 A君は蠣殻町の勤め先を早仕舞にしてわたしの家に立寄り連立って出かけたのである。あらし模様の天気と、尋ねにくそうな郊外の番地と道路の泥濘とを予想して、二人はその日の朝どちらから誘うともなく電話で同行を約したのである。
 恵比須停留場で電車から降りると絽の紋付を着た知人に逢った。もう悔やみに行った帰りだという。そして彼方に見える樹の下の垣根を指さした。赤土の道は思った程ぬかっていなかった。濡れた草の中から虫が鳴いている。雨もやんだままである。
 小さな柩の前に回向した後A君とわたしはもう雨の心配のない曇った空を見上げた。郊外の家の垣根道。雨に打たれた木の葉は到る処に散り乱れていた。時ならぬ落葉を踏み踏み火薬庫の裏手を行人坂の方へと歩いた。時ならぬ落葉に遊意を催したのである。樹の下を通る時汗ばんだ額にあたる風がひやりとする程つめたい。
 何年にも不動尊へは参詣した事がないと、夕日が岡を下りかけた時A君が云った。
「日和下駄」を三田文学に寄稿していた時分である。写真機を肩にして世田ヶ谷の豪徳寺をたずねた帰り道。その時も目黒へ廻った。短い秋の日が矢張暮れかかろうとしている時分であった。いわれもなく停車場の方へと急いで行く道すがら大崎の森から大きな月の昇るのを見た。
 その前はもういつであったか明には覚えていない。父と母とに手を引かれて大国家か何処かその辺の茶屋で何か食べた事があるようである。目黒は竹藪ばかり繁った処だと行帰りの車の上で見た当時の景色がただただ神秘に思い返される。
 今年わたしは四十も既に半に近づこうとしている。四十年の間に目黒へ来た事も数えて見ると今度でたった四度にしかならない。
 人生五十年。中秋の月を望み見る事も数えたら幾回か。年少の頃愛読した書物を重ねて読返し見る日も数えたら幾度あろう。人生日常の事一として哀愁を帯びないものは無いような気がしてならぬ。
 ははははと笑ってA君は休茶屋の床几に腰をおろして正宗の燗を命じた。
 お天気だと枝豆にゆで玉子いろいろこしらえて置きますが今日は何もおあいにくさまでと色の白い円顔の年は二十四五の女房。柳浪先生の小説にでもありそうな女房である。それでも気転をきかして焼海苔を持って来た。
 何処もかしこも濡れている。日蔽の葭簀はさんざんに破れて…

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