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探偵小説小論
たんていしょうせつしょうろん
著者佐藤 春夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 佐藤春夫全集 第19巻」 臨川書店
1998(平成10)年7月10日
初出「新青年 夏期増刊 第五巻第一〇号」1924(大正13)年8月5日
入力者よしの
校正者希色
公開 / 更新2020-05-06 / 2020-04-28
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 探偵小説に興味がないこともないが、常に忙しいのと、生来の怠け癖とで読めもしないのをコツコツ洋書を読む根気もないので、十分の確信をもつて探偵小説の話ができる訳のものではない。殊に探偵小説と言へば外国の作品に限られてゐる現状では。しかしせつかくのお尋ねだから卑見をでたらめに申し述べる。
 探偵小説の本質としては、論理的に相当の判断を下して問題の犯人を捜索するところにある。即ち事件の関所をどんなふうに切り抜けるかといふところに興味がある訳だ。だからその判断は常に最も健全な頭脳から湧出する智脳の活躍の現れだ。たとひその方法が、冒険的だとか、変幻出没自在だとか、機械仕掛の家だとか、科学知識応用だとかいふやうな種類の道具立てによつて色彩られてゐるとしても、同じ思索力の発展に過ぎない。例へばコーナン・ドイル、フリーマン、モリソン、ガボリー等の取扱つた探偵シヤロツク・ホームズ、ソンダイク、マルチン・ヒユウイツト、M・ルコツクにしてもルブランの義賊アルセーヌ・リユーパンにしても、それぞれに描かれた人物は、敏感な推理力や豊富な科学的知識を所有してゐる警察関係の人物や化学者や法医学者である。少くともさうした学者的の頭脳を具備してゐる者ばかりだ。だから自然、事件関係者間の知慧の切り出し工合や思索の一騎打になつて、吾々の興味を惹く、吾々の想像力は加速度を増して事件の中心へ惹き入れられる。高級な探偵小説になればなるほどその感は深い。吾々は一歩毎に犯人の捜索に近づいてゐる訳だ。その場合吾々もともに探偵の一人になりきつてゐるのだ。それがまた時代とか場所とかの関係の距離が遠ければなほのことその実在性を無意識のうちに認めて、その戦慄の快感と怪奇の美に打たれる。言はゞそれらは一種の詩に外ならない。ロマンチツクな感銘に酔ふのだ。
 それで純粋な探偵小説といふのではないが、ドストイエフスキイの『罪と罰』の主人公ラスコルニコフの殺人事件は、吾々の興味を大へんに惹く。あれはあの殺人現場の造り工合にも拠るのだらうが、あんなふうの建物ででもなければ殺人は出来まい。
 現在日本にいい探偵小説の現れないのは、建物の様式にも拠るので――建物の様式とはとりも直さず、生活の全部を象徴してゐるものだ。日本人は犯罪的にも深みのない生活者だとも言へさうだ。
 前に述べたほどには純粋でないまでも探偵的小説なら枚挙に遑なしだ。言はば犯罪小説で、こんなのは普通にミステリイ・ストリーとかフアンタステイツク・ストリーとか名づけられてゐる。例へば一方には、探偵小説の鼻祖と普通に言はれてゐるE・A・ポオの英語で書かれた最も戦慄すべき小説中の白眉『黒猫』がさうだ。この人のは別に純粋に近い三個の探偵小説がある。即ち『モルグ街の殺人』(鴎外訳「病院横町の殺人」)『マリイ・ロージエー事件』『盗まれた手紙』がそれだ。これらは、一様に大へん卓越し…

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