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何が私をこうさせたか
なにがわたしをこうさせたか
作品ID59950
副題――獄中手記――
――ごくちゅうしゅき――
著者金子 ふみ子
文字遣い新字新仮名
底本 「何が私をこうさせたか――獄中手記」 岩波文庫、岩波書店
2017(平成29)年12月15日
入力者富田晶子
校正者雪森
公開 / 更新2021-07-23 / 2021-10-05
長さの目安約 389 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

添削されるについての私の希望


金子ふみ

 栗原兄

一、記録外の場面においては、かなり技巧が用いてある。前後との関係などで。しかし、記録の方は皆事実に立っている。そして事実である処に生命を求めたい。だから、どこまでも『事実の記録』として見、扱って欲しい。
一、文体については、あくまでも単純に、率直に、そして、しゃちこ張らせぬようなるべく砕いて欲しい。
一、ある特殊な場合を除く外は、余り美しい詩的な文句を用いたり、あくどい技巧を弄したり廻り遠い形容詞を冠せたりすることを、出来るだけ避けて欲しい。
一、文体の方に重きを置いて、文法などには余りこだわらぬようにして欲しい。
[#改丁]

手記の初めに




 大正十二年九月一日、午前十一時五十八分。突如、帝都東京を載せた関東地方が大地の底から激動し始めた。家々はめりめりと唸りを立て、歪められ、倒され、人々はその家の下に生き埋めにせられ、辛うじて遁れ出たものも狂犬のように吠えまわり走りまわり、かくて一瞬の間に文明の楽園は阿鼻叫喚の巷と化してしまった。
 ひっきりなしに余震が、激震が、やって来る。大火山の噴煙のような入道雲がもくもくと大空目がけて渦を捲いて昇る。そして帝都は遂に四方から起った大火災によって黒煙に閉されてしまった。
 激動、不安、そして遂にあの馬鹿気きった流言と騒擾だ。
 それから間もなくであった。私達があの、帝都の警備に任じているものの命令によって警察に連行されたのは。
 何のためであったか。私にはそれを語る自由がない。私はただ、それからしばらくして、東京地方裁判所の予審廷に喚ばれて取調べを受けたということだけを語り得る。
 看守に導かれて予審廷のドアをくぐると、そこにはもう、一人の法官が書記を従えて私を待っていた。私の姿を見ると、廷丁は私のために被告席を用意し始めた。その間私は、冠っていた深編笠を手に、部屋の入口のところに黙って立っていなければならなかった。判事はそれを、冷静な態度でじっと瞶めていた。
 やがて私は被告席につかされた。判事はなおしばらくの間、私を腹の底まで観察しなければ止まぬといった風に眺めてから静かに口をきった。
「君が金子ふみ子かね」
 そうだと私が答えると、彼は案外やさしい態度で、
「僕が君の掛りでね、予審判事立松というものです」と自分を名乗った。
「そうですか。どうかお手柔らかに」と私も微笑をもってこれに答えた。
 型のような予審訊問が始まったのはそれからであった。が、その型のような訊問の間にも判事は、これから取調べ上重要な契機を握ったようであった。で、私は今その時の会話をここにそのままに記しておくこととする。それはこの後につづく私の手記についての理解を最初から手ッ取り早くわかってもらえると思うからである。
 判事は始める。
「まず、君の原籍は?」
「山梨県東山梨郡諏訪…

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