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おしどり
おしどり |
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作品ID | 59955 |
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著者 | 新美 南吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「新装版 新美南吉童話集 3 花のき村と盗人たち」 大日本図書 2012(平成24)年12月1日 |
入力者 | 岩崎準子 |
校正者 | 持田和踏 |
公開 / 更新 | 2022-03-22 / 2022-02-25 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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林泉のほとりに今日も若者はひとりうっそりしゃがんでいた。冠はほころびくつには穴があき、あごにははらはらとぶしょうひげがみられ、頬骨の下にはのみでえぐったようなくぼみがあった。そして凝視している涼しい眼には深い哀しみの色がやどっていた。その眼で若者はさっきから一対のおしどりをあかずながめていた。五色もていろどられた美しいつがいのおしどりは彼らに見入っている傍観者などすこしも気にかけず、つつましやかに、しかしむつまじげに遊んでいた。彼らはかたときも他からはなれることなく、水蓮のそばをすぎたり、ふきあげのしぶきの下をくぐったりした。そのしぶきの中には美しい虹が夢のようにうかんでいた。ただ形象のみからはいずれがおすともいずれがめすとも弁じがたかったけれども、若者は、いつも先に立っていくのがおすで、すぐそのあとからいそいそとついていくのがめすであるにちがいないと思っていた。日は真昼、そよとの風もなく、ふきあげは動かぬ絹の糸のすだれのようにもみえた。若者はそのとき、頬づえを左手にかえて深いため息をついた。すると背後にかすかにものの気配がした。みるとそこには見知らぬひとりの老人が若者をみつめてたたずんでいた。さぎのようにやせ、さぎのように気品のある老人であった。手には一管の笛をたずさえていた。若者はその全体の風貌からいままでに知らなかった威圧をうけたので、思わず一揖した。すると老人は音も立てずに一歩歩をすすめて、「何か思いごとがあって毎日ここにこられるのか」とたずねた。若者はこの老人をみるのは今日がはじめであったので、老人が自分の毎日ここにやってくることを知っているのに不審をいだいた。「失礼でございますがあなたはどなたでしょうか」と彼はききかえした。「わたしはこの水の底に住んでいる水の精じゃ」と老人は答えた。若者はおどろいていずまいをつくろった。老人は語をついでいった。「わたしはこの水の底深くひそんでいて毎日笛をふいておる。だが、わたしのふきならす笛の音色はあなた方、土の上の者には聞こえはせぬ。それを聞くことのできるものは水の中に住まうものばかりじゃ。一分のめだかから一尺の鯉にいたる魚のすべて、さぎ、白鳥、おしどり、鴨、鶴など水に親しむ鳥どものすべて、また水にさく浮草の花の一つ一つが、それを聞くのじゃ。なぜ彼らに笛の音をきかしてやるのかとおっしゃられるか。それは、彼らの心からにごりをのぞいてやるためじゃ。わたしがこれをふきはじめると、まず泉の水は上方から深山の大気のようにすんでくる。そして魚たちの心、鳥たちの心、花たちの心も水と同じようにすんでくる。彼らの心からいっさいのにごりは消え去って、ただ一つの色に、悲しみならばただ悲しみ、よろこびならばひたすらなるよろこびにすんでしまうのじゃ。」「お待ちください」と若者はひとみをかがやかせながらさえぎった。「それでは、あの一対の…