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愛の終り
あいのおわり
作品ID59967
著者山川 方夫
文字遣い新字新仮名
底本 「親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選」 創元推理文庫、東京創元社
2015(平成27)年9月30日
初出「ヒッチコック・マガジン 第五巻第一号」宝石社、1963(昭和38)年1月1日
入力者toko
校正者かな とよみ
公開 / 更新2022-01-05 / 2021-12-27
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ドアが開くと、一人の青年が入ってきた。青年は流行のシルキイな布地の背広をぴったりと身につけ、暗緑色のサン・グラスで顔をかくしていた。そのまま、彼はすばやく室内をながめた。
 彼女はゆっくりとベッドから起き上った。
「いらっしゃい、坊や」
 青年はサン・グラスをはずした。色白で女性的な面だちの、ただ眉だけが濃いその顔に、いかにも人工的な、不自然な微笑がうかんだ。
 彼はつかつかと歩み寄って彼女を抱き、接吻した。
 彼女はかるい呻き声をもらした。
「ねえ、冗談なんでしょう? いまの電話」
 同じつくりつけたような微笑のまま、青年はいった。
 彼女は、部屋の中央に歩いた。そのテーブルには、すでに半分ほどになったコニャックの瓶と、二つのグラスがあった。
「……真白なスポーツ・カーを買ったんですって?」
 彼女は、それが癖らしい疲れたような声でいった。
「すてきね。でも、ここに乗りつけたのはどうやら違う車だったようね。私、この窓から見てたの」
 彼女はレースのカーテンの下りた窓を背にして、コニャックを掌で温めながら笑いかけた。
「でも、よく来てくれたわ。私、もう来てくれないんじゃないかって考えていたの」
「そんなこと……、ぼくの愛しているのは先生だけだってこと、先生だって知っているはずじゃないの」
 青年は甘えるような表情をつくった。が、その声にはあきらかに演技が感じられた。
「そうちょいちょい逢いにくるわけにもいかないし、目立つような真似はできない。ぼくだって苦しいんだ。……先生だけは、わかって下さると思っていた」
「そうね、わかってるわ。よく」
 彼女は頬笑みながら、うっとりとしたようにその青年をみつめた。
「ほんとにわかっていてくれるの?」
「ええ。ほんとにわかっているつもりよ」
「じゃ、どうしてさっきの電話みたいなこと、いったりなんかするの?」青年は絨毯にひざまずいて、彼女の手を握った。「ね。いってよ、ただのおどかしなんでしょ? そうなんでしょ?」
「だいぶ、おいそぎのようね」
 彼女は笑いながら答えた。
「これから、すぐ飛行機で大阪に……」
「そう、それは結構ね。いやみじゃなく、おめでとうをいわせてもらうわ」
 青年は黙った。わざとそわそわと腕時計をみた。だが、彼女はソファに腰を下ろし、ネグリジェの脚を組んで、青年のその落着きのなさ、焦立ちを完全に無視していた。彼女はしゃべりだした。
「昨夜のテレビみたわ。あなたが初出場したN・H・Kの紅白歌合戦。すばらしかったわ。すごい人気だったじゃない? あれに出られたら歌手として一人前だってよくいわれるけど、あなたはもう一人前以上よ。私があれに出た最後は、もう四年も前のことになるけど、その当時だって私はあんなものすごい拍手はうけなかったわ」
「とんでもない……みんな先生のおかげですよ。ぼく、ほんとにそう思っている、……

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