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あるドライブ
あるドライブ
作品ID59970
著者山川 方夫
文字遣い新字新仮名
底本 「親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選」 創元推理文庫、東京創元社
2015(平成27)年9月30日
初出「とよぺったあ 第一七号」1964(昭和39)年7月1日
入力者toko
校正者najuful
公開 / 更新2021-06-16 / 2021-05-27
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「……本当に、こうして二人でドライブに出たのなんて、三月ぶりかな」
「そのくらいね」妻はシートに背をもたせて、目をつぶった。窓の近くを流れる濃い緑のせいか、それとも頭痛のためだろうか、こころもちその頬が蒼白く、冴えて見える。
「そのあいだ、日曜日だとか休みの日だとかいえば、貴方は欠かさずゴルフだったわ。……よく飽きなかったこと」
「子供でもいりゃ、気がまぎれたんだ」
「あら。もともとその子供がわりに、無理してこの車を買ったんじゃない? 一年まえ」
「そうだったね。……だが、それがとんでもないことになっちまって」
「とんでもないこと?」
「うん」夫は一瞬の間を置き、ゆっくりと苦く笑った。「たった五万円だっていうんで飛びついたんだが、五ダッシュの外車だろう? 税金は高いしガソリンは食うし、修理代はかかるし……」
「そうね。……買い替えたら?」
「一時はそう思ったよ。どうせならカッコいい国産の中型車でも、って。……でも、君は左ハンドルのほうがいいんだろう?」
「国産のだって、左ハンドルはあるわよ。輸出向きのだとか、外人用のだとか」
「へえ、そうだったの。じゃ、そうしてもよかったんだな」
 しかし、車は支障なく走っていた。しだいに山は深くなって、凝結した血のような野生の葉鶏頭が、ところどころに赤い色を輝かせて窓の外を後ろへと飛び去る。
「……この車が、いけないんだ」
 不意に夫がいい、妻は笑いだした。
「じゃ、早く売りなさいよ、そんなに癪にさわるのなら」
「売るもんか」
 と、言下に夫は答えた。
「売ったって、せいぜいやはり三、四万だ。あとの金は捨て金になっちゃう。いや、計算したら、もっとひどいマイナスにしかならない」
「金利のこと? そろそろ車検も必要よ」妻は、笑い声をさらに大きくした。「ケチね、貴方って、ほんとに。……使ったお金ぐらい、自家用車の気分をたのしんだ費用だと思えばいいじゃないの」
「ケチっていうんじゃないんだ。ただ、もっと有利な処理を考えているのさ」夫は真面目な声でいった。「僕は、いったん自分のものにしたやつは、おいそれとは手放したくないんだ。……よっぽど有利な補償でもないかぎりは、面白くないのさ」
 ふと、妻は黙った。一台の国産車が追い抜き、みるみるそれが小さくなる。
「それに、やはり情も移っている。……買いたての頃は、よく君とドライブをしたね。箱根。三浦半島。房総。伊豆。日光。交替でハンドルを握って。……そう、こっちには一度も来なかったな」
「……それが、今度はだんだんゴルフに凝りはじめて」妻は、無表情な声でいった。「はじめは景品もかならず持って帰ってきて私にくれたのに。この春ごろからはサッパリ。景品も、私へのお土産も、ひとつも持って帰ってこなくなった。いくらお仕事かもしれないけど、私、まるで忘れられてるみたい」
「……そう、春だっけね、あれは。…

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