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しゅうしゅう
作品ID59972
著者山川 方夫
文字遣い新字新仮名
底本 「親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選」 創元推理文庫、東京創元社
2015(平成27)年9月30日
初出「ヒッチコック・マガジン 第四巻第七号」宝石社、1962(昭和37)年6月1日
入力者toko
校正者かな とよみ
公開 / 更新2021-10-11 / 2021-09-27
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ジョージ・サンバードは、ニューヨークのある大学で美術史の講義をしている。専門はギリシャの瓶絵である。といっても、実のところ、彼の関心はギリシャ文明やその幾何学的な雷文や植物文・動物文などにはなく、たんに瓶そのものにあった。
 これは、いささか理解されにくい趣味の一つかもしれない。が、もともと趣味とか道楽、好みとか情熱などというものは、多かれ少なかれ、他人には(そして、たぶん本人にも)理解したり説明したりすることのできぬ、神秘で不可思議な個人的な衝動を芯にしているのである。
 いま、彼の愛する陶製の瓶や壺の、その曲線や肌ざわりや色つやなどの魅力につき、またその形態のもつ形而上学的な暗示や意味について、いちいち彼の言葉を借りて説明する余裕のないのは残念だが、いずれにせよ、彼ジョージ・サンバードの書斎には、大は人間がすっぽり入ってしまうシナの大水甕から、小は掌にかくれる古代エジプトの香油入れまで、彼の好みにより集められた瓶・壺の類が所せましと並べられて、一種の壮観を呈していた。彼は、機会をとらえては好きな瓶や壺を蒐集して、それをながめ愛玩して飽きなかった。彼にいわせれば、それは彼の、たった一つの生甲斐なのであった。

 彼の大学には、教授たちが隔月に一人ずつ主人役を交替して、自宅で小さなパーティを催すという伝統的な習慣があった。先人は、ややもすれば孤独に書斎に閉じこもりがちな学者たちに、こうして最小の社会的接触の義務を課していたのである。
 彼がその壺をみつけたのは、民俗学のボーモン教授宅でのパーティの夜であった。手洗いに立ったかえり、何気なくサンバードは、不用意に開け放たれたままの扉のかげから、ボーモンの書斎らしい部屋の中をのぞいた。彼は立ちすくんだ。
 白い壺が一つ、書棚に置かれていた。すばらしい壺であった。夢の中の聖霊のように、それは白くぼんやりとした光沢を放ちながら、彼を戦慄に似た恍惚のなかに釘づけにしていた。適度に高くひろい口唇部、力づよくくびれた頸、やや楕円形にふくらんだ豊満な胴部の線。高さ一呎ほどの片把手のその壺は、鋸歯文ふうの模様が横に刻みこまれている。素朴な、優雅な、いきいきとした力感にあふれた、見たこともない逸品の壺であった。
 突然、中からパイプを片手に持ったボーモンが出てきた。ボーモンは彼の目つきを見て、急に血の気が引くように青くなった。あわてて、ぴしゃりと扉を閉めた。
「なにをしてるんです? さ、向うで飲もうじゃありませんか、サンバード君」
「……壺だ」と、彼は答えた。「すばらしい壺だ。ボーモン教授、いったいどこで手に入れられたのです?」
「壺? そんなものは私は持ってないが」
 小柄で色が白く、女のようなすべすべした肌をもったその民俗学の教授は、どぎまぎと目をそらせた。だが、もはやサンバードは夢中だった。
「おかくしになっても無駄です…

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